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映画なんてもうここ最近の人は見ないんじゃないか そうは思っても仕事だから今日も映画館の掃除をする。 全盛期のころは一回の上演でだいぶ忘れ物があったりポップコーンが落ちたりしていたが、 今は掃除するのがだいぶ楽になっている。 そんな状態でで経営は大丈夫かと思うが今のところ解雇通知は出ていない。 きっとこのまま首になるまではこの場所で客席を拭き続ける。 曖昧な消灯確認をして昔は重かったドアを閉じる。 そして当たり前のように同じようなことを繰り返す明日が来ると信じている。 そんな生活でもいいんじゃないか。 もともと自分は映画をそこまで見ない。 対して興味がわかないからだ。 見た映画なんて片手ほどで、しかしその代わり記憶がはっきりと残っている。 いつもはまったく話さないクラスメイトにいきなり話しかけられた日。 映画のチケットが二枚そいつの手に握られていて、 おごりでいいから一緒に来ないかとせがまれた思い出。 見たのはどこにでもありそうなSFもので、アメリカらしいヒューマンドラマ。 どこがいいのか正直分からなかったが隣のそいつはすごい量の涙を目にためていて。 慌ててハンカチを買って帰った道。 ゆっくり歩きながら最寄り駅のホームまで駄弁って。 珍しくこんな日もいいなと思ってふと隣を見たらそいつはいなくて。 聞こえたのは電車の急ブレーキ音。 それから悲鳴、同情、舌打ち。 じゃあねの一言も交わさぬままそいつは消えた。 動揺はしなかった。悲しいとも、思わなかった。 話したのがその日でが最初で最後みたいなやつだった。 顔もぼんやりとしか思い出せない。 別にそれでもよかった。 ただいまだにわからないことがある。 何がしたかったんだよ。 そう聞きたくても自分の声は誰もいない映画館に反響するだけだ。 また昨日と同じようにドアを開けて、 また昨日と同じように掃除して、 また昨日と同じように人がいないのを確認して、 また昨日と同じように鍵を閉める。 そして、また昨日と同じように明日もあいつを探しに映画館へ行く。
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