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くだらねぇ人生だった。
暗殺者でありながら無用の争いを好み、望んで強者を襲い、しかし純粋な強さに興味があるわけではなく、だから手段を選びもしなかった。
勝つことこそすべて。それが俺の哲学。
だからあの有名な剣士を襲ったのも大した理由なんかない。目に付いた腕に自信のあるヤツをぶっ殺そうと思っただけだ。
そして結果は惨敗。
「上には上がいるんだぜ?俺も足元にも及ばないようなひとを何人も知ってる。強くなりたいならもっと腕を磨けよ。せめて俺なんか軽くあしらえるくらいにな」
情けをかけられて生き延びた俺は憎悪に身を焦がした。言われるままに行動するのはハラワタが煮えくり返るほど癪だったが、それでもあらゆる技術を磨き上げ、懲りずに二度三度と敗北した。
俺はむきになってそいつの身の回り全てを調べ上げた。
どんな手段を使おうとも勝つ。それだけが俺の哲学。
“幼いひとり娘あり。妻とは死別”
この情報を知った俺がどうしたかなんて言うまでもない。
執拗に追跡し、周到に準備した。
絶対に勝つ。それこそが俺の哲学だった。
ところがいざ決着とするその日になって、俺が手を下すまでもなく剣士はこの世を去った。
ぬかるみに足を取られて転んだ娘を庇って馬車に轢かれた。
誰が見ても即死だった。
俺は、永遠に勝利を失った。
騒ぎ出す住民、怒鳴り散らす衛兵、泣き喚く幼い娘の声。
すべてが遠く聞こえていた。
どんな強者も運命には逆らえないのか。
皆に称えられた剣士もこんなくだらない理由であっさり死ぬのか。
俺の努力は全て無に帰り、狂おしいほど憎悪した男は乗合馬車に轢かれてあっさり神の御許へ。
「くっだらねぇ」
物心ついたときから燃え盛っていた炎が消えたような、体の一部を失ったかのような喪失感。
座り込んでしまいそうな倦怠感を抱え静かにその場を離れる。
とにかく今は何もかもがばかばかしい。
浴びるほど酒を飲んで死んだように眠り、翌日街の住民のような顔をして剣士の葬儀に参列した。
標的の死を再確認して運命の皮肉を儚む。
場を去ろうとして、ふと目についたものがあった。
剣士の忘れ形見。
病と事故で両親を亡くし身寄りのなくなったひとり娘を、俺はなんとなく引き取った。
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