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強姦王の手記(1)
打ちっぱなしコンクリートに囲まれた部屋のなか、灯りもつけずに1人の男が木目調の机に向かい、日記を書いていた。天井の蛍光灯は、微かな呼吸をするように点滅を繰り返している。そんな空間を独占するこの男こそ、第一の卵の親となる人物である。
ワシは今年でもう68歳。早いもので初めて強姦をした日からもう55年になる。
13歳の誕生日、ワシの両親は家にはいなかった。22歳の家政婦の女とワシを2人きりで家に残し、仕事に出ていた。
ワシの家は郊外の古い洋館を、住みやすいようにリフォームしたもので、元の洋館を作ったのはエドワード・ハリスという有名な建築家らしい。
家庭はとてもとても裕福で、周りと比べれば有り余るほど優越感を感じられる生活を送っていた。だが優越感ではワシの心は満たせなかった。どれだけ小遣いを貰おうと、どれだけ高い物を買い与えられようと、どれだけ高い飯を食おうと満たせない隙間。
それが愛だという事に気付いてからは早かった。誰でもいいから愛が欲しかった。隙間ばかりのワシの心に今すぐ放り込んでやりたかった。
まず目の前にいた家政婦。奴の愛を求めた。
父親の部屋から銃を持ち出し、家政婦の頭に突き付けてこう言った。「悪いようにはしない。ただ愛が欲しいんだ。女として君が出来る最大限の愛をくれ。そうすれば脳ミソを頭蓋骨の中にきちんとしまっておく事が出来るぞ」
銃のグリップから伝わってくる冷ややかな感触とは裏腹に、ワシの心は人生で最高潮に煮えたぎる熱さだった。
家政婦はワシの子供用ベッドの上に乗り、ワシの方へ尻を突き出して四つん這いになった。
何かしらの芸術品、造形美。そんな言葉が頭に浮かんできた。若く締まりのある女体が描く曲線は、それはそれは計算し尽くされたように美しく、実に動物らしい衝動を突き動かしてくれた。
家政婦は清潔感のある白のワンピースを着ていた。銃を持っていない方の手で、細く、張りのあるスベスベした太ももに触れ、ゆっくりとスカートを上に持ち上げ、ついには彼女の聖域を隠す最後の結界に手を掛けた。彼女は涙ながらに「もうそれ以上は…」と連呼していたと思う。というのも実はあまりの興奮で彼女の反応などいちいち記憶していなかったのだ。
ワシは躊躇いもなく、まるで寝起きにカーテンを開ける時のように自然に下着を下ろしきった。少し湿り、温かみのある彼女の聖域に指先が触れ、ワシは初めて愛というものに温度がある事を知った。彼女の内部に侵入したときもそうだ。ワシの一部は温かみのある愛に包まれる。彼女は口に手を当てて呻くだけだが、その様もまたワシの心を突き動かし、ぎこちないリズムと不慣れな旋律を奏でた。
吸い付くような肌に思考は奪われ、人生で体験したことがないほど冷静さを失っていた。初めて銃を人に向けたときも冷静だったワシがここまで我を忘れるとは、愛とはなんとも不可思議なものである。そのまま獲物を貪る肉食獣のように彼女を求め、最後は彼女の内部で果てた。
彼女は静かに泣いていた。
それから2日後の深夜、ワシはあの晩を思い出していた。あのときの感覚を考えるだけで下半身が疼く。しかし不思議なことに、心は微動だにせず座り込んだままだ。この疑問は解消せねばなるまい。そう思ったワシは自分の寝室を出て、一階のバスルームに降りた。
家政婦は住み込みで働いているため、家族全員が寝静まってから風呂に入っていた。ワシも無論その事を知っていた。
浴室の中から水の音が漏れてくる。ワシは両親が起きないよう、軽く扉をノックした。
「このあいだの晩のこと、まだ誰にも言ってません。あなたが初めて愛をくれる人になってくれたこと、心から感謝しています。ですがなぜでしょう?まだ満足出来ないのです。なぜです?あなたから愛を受け取りました。それで満たされなければならないはずなのです。それなのに…」
ワシはあの晩からずっと疑問に思っていたことを打ち明けた。事の最中はとても満たされたようなつもりになっていたのですが、どういうわけか、終わって冷静になってみるとまたあの隙間が目につくのだ。すると家政婦は少し間をあけてこう答えました。
「坊ちゃん、あのような行為は愛し合い、互いのことを理解して初めて真に満ち足りた気持ちになるのです。坊ちゃんは私のことを愛しているのですか?理解しているのですか?」
ワシは返答に困った。身の周りの手伝いをしてくれているという点に関してはとても感謝しているし、そういう意味なら愛している。だが彼女の言う愛とはワシの腹の内にあるそれとはまた違ったものに思えた。
「ではなんだ?真に愛している相手ならば、ワシの隙間を埋められるのか?」
「おそらくは。坊ちゃん、私のような人を2度と出してはいけませんよ」
そう言われワシは無言のまま見えない彼女に対して頷き、トボトボと部屋へ帰った。
愛とはなんぞや?
盲点だ。それをワシは考えていなかった。心の隙間を埋められるのはおそらく愛で間違いない。だがワシは愛そのものがなんたるかについて、表面的な部分しか掬っていなかった。ならばやることは決まりだ。自分が真に愛する人間、愛すべき人間と愛を確かめ合うのだ。
ワシは両親の寝室へと行き先の変更し、道中でもう一度父親の部屋から銃を持ち出した。あの晩とただ一つ違うのは、安全装置を外したことだ。
ワシは両親の寝室の扉をゆっくりと開き、2人が眠るベッドに一歩一歩近付いた。暗い部屋でも分かる。幼い頃母親は、ワシにこの部屋で一緒に眠ることを許し、絵本を読み聞かせ、ハグし、キスしてくれた。ワシが愛すべき人間とは母親のことだろう。自分を産み、育ててくれた。これはきっと愛に違いない。これ以上の愛はない。
だがその前に邪魔者を排除しなくては。別にワシは両親が嫌いなわけでもないし、父親が特別憎いわけでもない。ただワシのしようとしていることが、周囲の人間に知られてはいけないということを本能的に感じとっていたからだ。嫌いなわけでも、憎いわけでもない。ただ邪魔なだけだ。
ワシは銃口を父親に向けた。
「誕生日プレゼントは貰えなかったから、自分で取りに来たよ」
引き金を引くととんでもない音と反動でワシは後ろにすっ転んでしまい、暗い部屋に一瞬灯りが点ったと思えば、顔に空いた穴から噴水のように噴き出す血液。それを被り、絶叫する母親。尻餅をついたままそのカオスな状況を傍観していた。辺りは鮮血に染まり、高かったであろうシーツやカーペットも鉄臭い人間の色で汚染されていた。父親の顔はいつもの厳格で、小難しい顔ではなくなり、大小便を漏らしたように腑抜けた顔に変わり果てていた。
人を殺した。
明確な目的があったとはいえ、実際にやってみるとやはり気分が良いものではなく、映画がよく見る快楽殺人鬼とは自分が異なることを知れて一安心した。
しかし感心している暇はない。目的達成のチャンスは待ったなしなのだ。パニックになった母親の上に飛び乗り、口に銃口を突っ込んだ。モゴモゴ言って何を言っているのかは分からなかったが、とりあえず家政婦にしたのと同じことを母親にも実行した。
母親が震えているのが、銃身をカタカタと小刻みに叩く母親の歯から分かる。
家政婦より幾分か張りのなくなった体を肌で感じ、膣の中もやはりどこか物足りないように感じた。だがきっとこれが愛なんだ。そんな確信だけがワシの腰を動かしていた。ギシギシと悲鳴をあげるベッドは母親の叫びを代弁しているかのようだ。父親よ、その死んだ目で見えているか?息子は愛を知ったのだ。
母親にキスをするのも、乳首に吸い付くのも一体何年振りだろうか?母親は家政婦と比べればもちろん決して若くはないが、それでも36歳。まだ体は敏感で男の要求に正直なようだった。
そして家政婦の時と同様、母親の中で果てた。産まれる前に自分いた居場所に精液を流し込む感覚とはどんなものだろうと大いに期待していたのだが、肩透かしを喰らったように家政婦とほぼ同じ感覚だった。
しかし果てた勢いで力が抜けたワシは、母親によって体の上から落とされ、さらに銃まで奪われてしまった。
命の危機を感じ、無計画にもワシは部屋から逃げようと扉へ向かって走った。そのとき背後で銃声が鳴り、凍ったように動けなくなった。振り返るとそこには、顳顬を自ら撃ち抜いて血に塗れ倒れる、母親だったモノがあった。
ワシには母親のその行動が理解できず、パニックになって部屋を飛び出し、家政婦のいた浴室へ向かった。
家政婦は死んでいた。手首を台所にあった包丁で切って、裸体のままシャワーに打たれ、血が排水溝へと渦を巻いて流れている。ワシはもうわけがわからず放心状態となり、その場にペタッと座り込んで立てなくなってしまい、予想外の現実の前でただ同じセリフを連呼していた。
「愛とはなんぞや?」
さっきまでなりを隠していた心の隙間が、またワシの目につくようになってしまった。
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