39人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
「大丈夫か? あげられるもんならあげたいよ」
哀れむような声。やめろ。僕を下に見るな。可哀想に思うな。折角取り戻しかけたプライドが。
自分は僕よりも上だって思ってるんだろ? お前は内定も恋人も手に入れてるもんな。
「軽々しく言うな! ありのまま生きてきたら内定は出ないし恋人もできない。こんな自分、もう嫌なんだ!」
「好きの反対は無関心。嫌よ嫌よも好きのうち。聞いたことあるだろ? 川田は大嫌いになるほど自分に関心を持っている。本当は自分が大好きなんだよ。違うか?」
彼は悲しそうに言った。なんでそんな顔するんだよ。
「そんなわけない!」
彼は静かに僕を見る。
その顔が、鏡の間で見たもう一人の僕と重なる。
――早くこっちに来なよ。
彼の口が動いたような気がした。
僕は彼みたいになりたかった。でも、僕が彼になることは絶対にできない。
彼が僕になることができないのと同じように。
僕は、僕以外の何者にもなれない。
「飲みに行こう。愚痴ならいくらでも聞くぞ」
青木が僕の肩に手を回す。その手はとても温かくて、振り解く気にはなれなかった。
「なんでそんなにしてくれるの?」
僕が掠れた声で尋ねると、青木がニカっと笑った。
「だって、俺たち友達だろ?」
鼻の奥がつんとして、今喋ったら絶対に声が震える。でもこれだけは伝えなくちゃいけない。
「ごめん。そして、ありがとう」
――チリン。鈴の音がして振り返ると、門柱の上で一匹の三毛猫が眠っていた。
最初のコメントを投稿しよう!