38人が本棚に入れています
本棚に追加
――チリン。どこからか聞こえる鈴の音。
もう秋なのに、風鈴を片づけ忘れた家でもあるのだろうか。
首を動かして音の出所を探す。
視界の端で何かが動いた。
目線を下げると、進行方向に三毛猫が一匹。尻尾を揺らしながら歩いていた。
――なんだ、猫か。
足を踏み出した瞬間、猫がこちらを向いた。首元の鈴が音を立てる。
猫はその場に座り込んだ。僕を凝視している。目を合わせないようにして進んだが、横を通り過ぎると猫は立ち上がって、僕の脛に体を擦りつけ始めた。そのままぐるぐる回る。
「なんだよ」
僕は舌打ちして止まった。
猫は鳴き声を上げると、また歩き始めた。そして、二メートルほど先の丁字路の真ん中で座り、僕を見る。
ついてこいってことか? いや、そんなわけないよな、馬鹿馬鹿しい。
僕はまた素通りしようとしたが、にゃあにゃあ鳴いて脚にまとわりつくものだから、思わず言ってしまう。
「くそっ。どうすればいいんだよ」
猫は甘い声で鳴くと、角を左に曲がった。アパートに帰るには、ここを右に曲がらねばならない。
逡巡の末、ため息をついて左側を見ると、猫はもういなかった。
いくらなんでも早すぎる。この先は一本道で、隠れる場所などない。ブロック塀にでも登ったのか?
左に一歩踏み出すと、コンクリートの地面がぐにゃりと歪み、足を取られた。反射的に目を瞑る。
最初のコメントを投稿しよう!