クロノスタシス

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 ちょうどその時、バックヤードから音響スタッフに声をかけられる。 「え、ええ。今行きます」  激しい動揺を隠しきれぬまま、俺は不器用な手つきでギターを抱えた。 「……刹那、大丈夫か?」  笹野がその様子を見て慮る。 「ライブが終わったら……世良の家に行くよ」 「そう……か。そうだよな。お前は、世良の唯一の友達だもんな」  笹野の言葉に頷くと、俺は照明の落ちたライブハウス内を、ステージ目指してゆっくりと歩き出した。  やばいことに巻き込まれてる?妙な連中を手伝って金を稼ぎ出したことと関係あるのか?いや、それより葬式にすら出られずに、あいつは今、どうしてるんだ?  様々な疑問が胸に渦巻く。足取りが、重く感じる。すぐ目の前にあるステージへ向かう時間が、果てしなく長く思える。  その時だった。 「お、おい!お前!」  突然、マスターの怒号がアシッドワークスに響き渡った。  なんだ?  そう思って振り返ろうとした、次の瞬間。  ドスッ!  黒い塊が、俺の体に勢いよくぶつかってきた。  ドスッ、ドス!ドス!  その塊は計四度、俺の腹部めがけて力強く何かで突いてきた。  店内が、にわかにどよめき始める。 「しょ、照明だ!照明つけろ!」  腹が、熱い。焼けるように、熱い。  なんだ?一体、何が起きたんだ?  ゆっくりと天井のライトが点き、煌々と俺と黒い塊を照らし出した。 「キャアアアアアアアッ!」  同時に、耳をつん裂くような朋香の叫び声が聞こえた。俺は、猛烈な腹部の痛みとともに、足の力を無くし、グラリと膝から崩れ落ちた。  黒い塊……それは、世良だった。  手に、切っ先が赤く染まった包丁のようなものを持っている。世良は、ブルブルと全身を震わせながら、青褪めた表情を見せ、肩で大きく息をしている。  そこかしこから、悲鳴や絶叫が聞こえてくる。  意識が、徐々に薄らいでいく。周りの声が、遠い世界のもののように感じられる。 「裏切りやがって……俺を、裏切りやがって!」  興奮した世良の叫びが、空間で歪みながら、鼓膜の奥に届いた。  血流溢れ出る腹を抱え、上半身の自由も失い、ゆっくりと床へ倒れ込む。 (死ぬ……のか。俺……)  声にならない声が、頭に浮かぶ。  視界が、漆黒の闇に包まれていく。  今にも途切れそうな意識の中、最後に俺の目に映ったのは、壁に掛けられていた古時計だった。  時計の秒針は、はっきりと止まって見えた。  それは、あまりにも、あまりにも長い、まるで永遠にも似た……ほんの一瞬だけの、錯覚だった。 ー了ー  
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