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エピローグ 日常のありがたみ
森下が危機一髪で放ってくれた強烈な光のおかげで、俺は『死後国』からいすみの農道へと帰ってきた。
向こうでは真っ暗な夜になっていたはずだが、時間が巻き戻されたのか、太陽は燦々と照っていた。
「ん?俺は一体何を……?そうだ、始業式の帰りだったんだ。突然、謎の光にさらわれるように訳のわかんない世界へ行って…そこで同じ高校生たちに出会って。船で女の子としゃべってたな。あれは…亜砂?」
森下が言った通り俺の記憶は定かで、『死後国』での数時間の出来事はしっかりと覚えていた。もちろん亜砂が語っていた、彼女と小学校の同級生であったという事実は思い出すことはなかったが。
俺は帰宅し、家の扉を開けた。
「ただいま」
「お帰りなさい。お昼ごはんできてるわよ。清人の好きな焼きそば」
家に入ると母が出迎え、ようやくいつもの日常であることを確信した。
「やっぱり、母さんが作る焼きそばは格別だね。ソースがきいててうまい」
「あらよかったわ。また作るわね」
「楽しみにしてるよ」
何気ない会話だったが、あの恐怖体験の直後からか、やけに安心した。
安楽死への願望。
死を"解放"と捉えている以上、それが消えてなくなることはない。この先も、俺の頭に幾度となく浮かぶだろう。
しかし、田舎の風景を感じながら、こんなのんびりとした毎日をただただ過ごすのも、決して悪くはない。
俺は船上で亜砂から一緒に死のうと誘われた時、確実にまだ死にたくないと感じたのだ。無意識に"死"を拒否し、精一杯に叫んでいた。
2035年の今、自分の意志で自由に安楽死を選択できる。
もう少し、この世界で暴れてからでも遅くはないと思う。いざとなったらいつでも眠るように、人生の幕を下ろせる権利を有しているのだから。
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