農民助三郎の願い

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 時は戦国時代。今日は少し大きな(いくさ)が始まろうとしていた。両軍ともに、大将が同盟を結んだ武将を集めていて、広いはずの平野は甲冑を付けた者どもでひしめき合っている。  本来この場所は穏やかな田園だが、農民は皆山に逃げこんでいて、今は戦いに来た者だけしかいない。稲が刈られたばかりの田んぼに朝霧が立ちこめ、不気味な静けさが満ちていた。  そんな中、戦に呼ばれていたとある武将は百姓風情の男と話していた。 「助三郎(すけさぶろう)、そなたが強者に化けるというのは真か」  そう男に訊ねた武将の姿は、艶やかな朱色の陣羽織を(よろい)の上にまとい、金色の角がついた兜をかぶっていて、簡素な小袖(こそで)のみを身につけた助三郎との格の違いは歴然としている。 「へぇ。その通りでごぜぇます」  震える声でなんとか答えた助三郎は、額を地面にこすれさせんばかりに低くした。  それは、立派な武将様に口を開くのが畏れ多いと思う気持ちと、それから、焦りがあった。嫌な汗が噴き出るこの顔を向けることなどできないのである。 「ならば我はそちを信じ、こたびの大戦(おおいくさ)、そちにかけてみようと思う」  顔を上げた助三郎は一瞬で伏せた。武将の目があまりにも鋭く怖い。 「して、助三郎よ。以前戦で大暴れしたという伝説が偽ものであったら、どうなるかわかっておるな」 「へ、へぇ。強くなる力で、必ずや勝利してみせます」  そう言い切った助三郎は冷や汗を大量にかいて、むきだしの土に額を擦りつけた。 (おい、アイツ、本当に戻ってきてくれるよな?)  アイツ、が帰ってこなければ、助三郎は最強になれない。アイツがいなければ全くのでくの坊なのだ。
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