パン屋さんの偶然

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パン屋さんの偶然

先生が来なくなってから、もう1ヶ月がたとうとしていた。もう諦めよう…。次の恋、とはいけないけど、友達と食事にいったり、カラオケ行ったり、自分の時間を楽しむことに専念した。きいちゃんにファッションのこととか、美容のこととか教えてもらって、俗に言う“自分磨き”とか初めてみた。  『好きな人から声かけてもらえるような女になりたい、自分に自信を持ちたい』というと、 「さなちゃんはそのままでも、声かけてもらえないことないと思うけどね」ときいちゃんや柳さんたちは言ってくれた。 「自分磨きもいいけど、ちゃんとパンも愛してあげてよ。酵母は生きてるんだから」と店長は笑っていた。いい環境にいれて幸せ。こんな公私混同してても みんなすごく優しい。職人さんも “焼き損じ”とか言って、たまに美味しいパンをくれたり。そんな中で、私はしっかり前向きになり初めていた。 珍しく平日に早上がりした。 今日は手抜き。お惣菜でも買って帰ろう。 何となく、駅とは反対のお惣菜屋さんに向かう。  何人か中学生とすれ違って気づく。 あっ こっち中学校だ。もう運動場のネットが見えるところまで来てしまった。先生がいたらどうしよう…。不安と期待が押し寄せる。『お惣菜を買うだけ』そう自分に言い聞かせて、中学校の横を通り過ぎようとする。 うつむいたまま、運動場の脇を通る。背の高い生け垣の前を通り、それが途切れて校舎の横のフェンスに近づいたとき、 「むらっち さようならぁ」という生徒の元気な声がきこえた。思わず校舎の方を見てしまう。 そこには— 先生の横顔がみえた。  「な! 気をつけて帰れ」と生徒に注意する先生。久しぶりにみたその顔に、ドキドキとした気持ちがぶり返す。はっ!と我にかえって、急ぎ足で校舎を通りすぎる。わざわざ見に来たと思われたくなくて、先生に気づかれたくなかった。 先生元気だった。よかったぁ。でも、それならパン屋にこないのは何でだろう?やっぱり話しかけた時の、何かがダメだったのかなぁ?そう思うと自然と涙がでた。先生に会えて嬉しかったのに苦しくなった。止まらない涙に、お惣菜は諦めて、うつむいたまま駅へむかった。
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