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いつもと同じくらいにパン屋についたのに、ドアには“close”の札が下がっている。呆然と立ち尽くしていると、
「あっ」と声がした。
「ごめんなさい。今日もう売り物なくなっちゃって、早く閉店しちゃって…」と店の横から出てきた男の人に言われる。あれ?この人どこかで‥‥。あっ、あの時佐倉さんといた人だ!
「あっ パン買いに来てくれたんですよね?」いつもありがとうございます。 と微笑む。俺のこと知ってるのか?
「俺、いつも厨房にいるからわからないですよね?」俺の思考を読んでいるみたいにかたりかけてくるその人は、やさしそうな、柔らかい雰囲気のある、背の高い男だった。
「あの、俺ここの店長です」
え?
「あ あぁ…」思わずじっと見てしまう。
「あっ パン買いに来たんじゃなかったですか?通りかかっただけとか?」
何も言わない俺に、彼は戸惑っているようだった。
「あっ、いえ…。パン買いにきたんですけど…。ないなら大丈夫です」あわてて取り繕う。
「ほんとごめんなさい。いつも来ていただいてるのに」と柔らかく笑う。
俺が女ならちょっと好きになりそうな優しい笑顔と物腰だ。この人とずっと一緒に働いていたら、もしかして、佐倉さんだって甘えたくなるかもしれない。 とか悲しいことを考えてしまう。
まだ、動かないでいる俺に、彼は、
「今日はね。パートもバイトも職人さんも、—さなちゃんも、みんな早く帰しちゃったんです。また、パン買いに来てくださいね」と言った。
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