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『ち、違うよ、そんなんじゃないよ!彼女なんかいないって!』
『大切な人から貰ったのはそうだけど、彼女とかじゃないし、今付き合ってる人がいるとかでもないし!確か、A駅のとこのゲームセンターで取ったって聞いた気がする。最近俺も行ってないんだけど……』
きっと紫雨は、嘘など言っていない。
カノジョがいたことなど、ない。
そして今会っている人とも、付き合っているわけではないのだろう。本当の性別を隠しているか、あるいは友達として会ってもらっているだけという認識。
彼があんなに愛おしそうに、同じだけ寂しそうにキーホルダーをくれた人の話をしていたのは――その恋がけして報われないと思っていたからなのではないか。
――……うん。わかる、気がするよ。大好きな人に……そもそも恋愛対象にも見られないって、そんなの辛すぎるよね。性別なんか、自分にはどうしようもないことなのに。
楽しそうに笑う二人の姿が、ゲームセンターがある通りへと消えていく。私はじわり、と滲んだ涙を強引にコートの袖で拭うと、踵を返して自宅の方へと歩き出した。
明日は、月曜日。明日になったらまた、いつも通り紫雨に“おはよう”と言おう。
伝えようと思っていた恋心は、ぎゅっと胸の奥に封じることに決めて。今の関係が壊れてしまったり、優しい彼を無駄に苦しめてしまうくらいなら――自分達はずっと、“同性のような友達”のままでいい。
――だって私、紫雨のことが、好きなんだもん。好きな人の心が大事にできないような恋なら……そんなの、無い方がいいに決まってるんだから。
そう、明日は。明日になったら。だから。
――だから、今日だけ。今日だけちょっと、泣いてもいいよね。
バッグには。
あの日紫雨から貰ったキーホルダーが、大切にしまわれている。多分明日からも、ずっと。
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