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――ただでさえ、近年連中の勢力も拡大を見せており、我らの権威の回復が急がれる時であるというのに。何故、正しき神の平和への道筋を邪魔立てする愚か者どもが多いのか……!
ましてや、民衆を不安にさせるような悪い噂を流す者など論外である。私が眉をしかめていると、彼らやや気まずそうに視線を逸らした。
「そ、その。……噂を聞きまして。民衆を惑わす愚かな魔女の“落とし物”の話を。先日隣町で火炙りになった魔女がいたでしょう?えっと、クリスティーネでしたっけ。彼女が焼け死んだ現場にね、妙なものが落ちていたっていうんです。これくらいの、黒い石でてきたお守りみたいなの」
これくらい、と初老らしき男は親指と人差し指で丸を作ってみせたのだった。コインくらいの大きさ、と言いたいらしい。
「それが、正統な教会の教えに背き、あまつさえカトリックの権威を削ぐべくひそかに悪魔と契約した者の証だったのではないか……なんていうんですわ。黒い石でできたペンダントで、中に星みたいなマークが入っていて、なかなかに綺麗なものらしいんですけどね。誰も見たことのない、不思議な石らしいんです。私は実物を見てないので半信半疑なんですが、隣町ではすっかりその噂で持ちきりでして」
「石を持っている人間を、他に見たものがいたということですか?」
「って、言っている奴もいるようなんです。別の町で首を吊られた魔女も、同じものを落としたんだとか。だからみんな、石を持っている人間を探そうと躍起になってるみたいでしてね。魔女をいち早く見つけて異端審問官様に差し出して処刑して貰えれば、もんな安心して暮らせるはずだと信じてるわけですよ。ほら、特に隣町で死んだ魔女は、他の仲間の魔女がいるかどうか聞かれて、それを答える前に……死んじまったみたいでしょう?」
「……」
私は苦虫を噛み潰したような気持ちになる。あれは完全に自分の失敗だった。他の魔女――背教者か、あるいは悪魔に魂を売った者。その名を吐かせ、芋づる式に仲間を捕まえること。自分達の拷問の最大の理由はそれであった。
背教者達の勢力が地下に潜り、密かに拡大するに任せていてはいくら追求を強めても意味がない。一人でも多く、誤った教えに転んでしまった者達を正し、秩序を守らなくてはならないのだ。ゆえに、魔女として捕まえた者は殺さず生かさず、ギリギリの拷問を重ねて自白を引き出し情報を吐かせなければならなかったというのに。
彼女は拷問の激痛に耐え兼ね、ショック死してしまった。実に可哀想なことをしてしまったものである。きっと今頃地獄の焔に焼かれて、苦しい思いをしているに違いないのだから。
「仲間の魔女は隣町か……この町にいるんじゃないかってみんな怯えてるんです。魔女のお守りの話が本当かどうかはわかりませんが、その……」
「わかりました」
憐れな民衆に心の安らぎを与え、正しき神の元に秩序を守ることこそ自分達の役目である。私は微笑んで、彼に告げた。
「必ずや、我々の手で魔女を見つけてご覧に入れましょう。ご心配なされるな、我らには神のご加護がありますから」
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