悪魔の落とし物

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 ***  悪魔など見たこともないくせに――そう喚いていた女は今、絶叫しながらユダの揺りかごの上でもがいている。こちらからは局部は見えないが、全裸で両手両足を拘束され、鋭く先端が尖った“椅子”の上に座らされた女の苦痛と屈辱は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。なんせ、鋭い四角錐の先端に尻の中心が押し付けられているのだ。自らの体重で食い込み、肛門から体が引き裂けるような激痛を味わっているのは間違いない。 「痛い痛い痛い痛い!助け、助けてっ、あああああ!」 「やめて欲しいならさっさと罪を認めろ、この魔女め!」  審問官達の恫喝と、女の絶叫。馬鹿な女だな、と私はつくづく思う。自白をせずにいつまでも耐えたところで、もはや彼女は長く生きられるはずもない身だ。拷問のやり方は数多くあれど、その中でも“ユダの揺りかご”は拷問された人間が“長持ち”しないことで有名なのである。  その最たるところが、肛門から体が引き裂かれることによる失血に加えて、不衛生な先端部分が高い確率で感染症を引き起こすからである。なんせ、魔女の血と排泄物で汚れた先端部分は洗われることもなく使い回されるのだ。そんなもので肛門を引き裂かれて、病気にかからない方がどうかしているというものである。  数ある拷問の中でも特に“長生きできない”ものを選んだのは、ひとえに女の態度が生意気で癪に障った審問官が多かったからという、それだけの理由だった。明日まだ生きてきたら、民衆の前に引っ張っていってさらなる拷問のお披露目を行うことになる。ユダの揺りかごを続けるか、水責めや焼印にするかは明日のスケジュール次第といったところだが。 ――魔女は、今のこの世界には必要な存在だ。民衆に不安を与える悪がいてこそ、我らが“正義”たりえるのだから。  この国に蔓延する疫病や貧富の差。それらに対する不満が、自分達教会に向かってきてはたまったものではないのである。己を救ってくれない神に対して、彼らが不審を抱くようなことなとあってはならないのどから。  無知な民衆のことを、可哀想に思う気持ちもないわけではない。しかし、いつの時代にも必要悪というものはいるのである。そしてそれは、我らが教えに対してことに“邪魔な者”であることが望ましいのだ。  背教者である。異端である。魔女である。  理由はどれでも構わない。彼らのせいで、神の正しい導きが伝わらず、この世に疫病や不満が耐えないのだと思わせていなければならないのだ。そう、異端審問官たる自分達こそが、正しい神の教えと秩序を守る戦士であることに間違いはないのである。 ――しかし、お守りの話は昨日初めて聞いたな。……本当にそのようなものを持っている魔女がいるのだろうか。異教徒どもの証か、それとも単なる噂か。  昨日、男から話を聞いた後、それとなく町の人々に声をかけてみたのである。すると男が語っていた以上に、“悪魔の落とし物”の噂は広まっていたらしかだた。中には少し似たペンダントを持っていたたけで魔女だと誤解され、袋叩きにされた女性もいたという話である。
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