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俺は神じゃない
「神様!どうか、どうかお願いします!一生のお願いです!」
俺は神じゃない。
「高橋くんと、普通に、普通でいいんです。普通に話せますように!会話のラリーを。せめて2ラリーほど…!」
もちろん、その願いは本人の努力次第だ。
「だから神様…いえ、キリシタくんお願い!」
神様でもキリシタでも無い。
ただのどこにでもいる男子高校生の桐下だ。
神と自分から名乗りだしたわけでも、右手が疼いてもいないので訳を聞いてほしい。
始まりは授業だ。
江戸幕府が禁教令を布告し、キリスト教を弾圧…と俺にとっては退屈な時間だった。
誰かが発した一言で、俺の運命は変わってしまった。
「キリストって桐下(キリシタ)のことじゃね」
一斉にこちらを見るクラスメイト。
回していたペンが俺の手から落ちる。
「キリシタ…お前、江戸では大変だったな」
「俺はお前らと同い年だ」
「安心しろ。ここにはお前を踏むやつなんていない」
「踏まれたことなんて一度もない」
もう授業なんてそっちのけでボケてはツッコミの騒ぎだ。
先生も止めてくれ。
「神様~お願いします!この後の授業が自習になりますように!」
「信じる者は救われるだろう」
俺もだんだん調子に乗ってきて、最後にそんなやり取りをした。
勘の良い人なら気付いただろう。本当に、その願いは叶ったのだ。
「え、キリシタすご」
俺もすごいと思う。
これだけだったら、俺は次の日にはただの桐下に戻っていたはずだった。
しかし、神の奇跡はまだまだ終わらない。
部活の試合で見せ場が出来るように、勝てますように、
テストで赤点を免れますように、はては告白が成功しますように…
たくさんの願いが俺のところへ集まり、俺が真剣に聞き届け
なんとなーくそれっぽいポーズで「信じる者は救われるだろう」とかなんとか言うと、なんとなーく叶うのだ。
こうして実績に裏付けられた「2Aのキリシタは神」と呼ばれるようになったのだ。
「高橋くんと、どうしても仲良くなりたいんですぅ!」
そして、今日も迷える子羊…
2Bの天使(アマツカ)さんが俺のところへやってきたのだ。
天使さんは苗字の通り、天使(てんし)のようにかわいい。
実は1年の頃からかわいいと思っていた。
その、天使さんに廊下へ呼び出されたのだ。期待するだろう。期待しない男がいるだろうか。いや、いない。
別に期待していませんけど?という顔を作り、ゆっくりと廊下に出て来てみれば
なんてことは無い。いつもの、"神様お願い"だった。
しかも、他の男へのお願いだ。テンションも下がる。
高橋とは、2年で一番モテる男だ。俺の友達でもある。
「…高橋は良いヤツだし、普通に話せると思うけど」
「緊張してダメなの。話しかけようとすると、どうしても…っ」
「それは慣れるしかないんじゃ」
「慣れるって結局、話すしかないじゃない!それが緊張して上手く話せないのに!」
初めて天使さんと話したが、意外とこういうキャラらしい。
「高橋と話す時だけ緊張するの?」
「うん…そう。変じゃないかなって気になっちゃうの。髪の毛曲がってないかな、とか。変な匂いしてたらどうしようとか!」
いや、廊下で話しているだけなのにとても良い匂いしています。大丈夫です。
「うーん。じゃあ、高橋に話しかけているようで話しかけてない作戦はどう」
「何それ」
「ついてきて」
話していた廊下から2Aの教室へ体を半分入れる。
「高橋ー!数Bの教科書貸してー!」
「ロッカーにあるけど?」
「持ってきてー!」
「はー?」
後ろで天使さんが「ひぇ」だの「うそ」だの慌てていたが、逃げないように捕まえておく。
高橋はダルそうに教科書をロッカーから取り出し、持ってきてくれた。良いヤツだ。
「ほらよ」
「俺じゃなくて、B組の天使さんが数B忘れちゃったんだって。ね?」
「ひゃい!」
「おー、じゃあ、どうぞ使って」
「ひゃ…あありがとうう」
「よかったな。教科書忘れて可哀想でさー高橋なら教科書持ってると思ってたわ。よかったー」
「お前だけだよ、いちいち家に持って帰るの」
「そうかー?じゃあ、天使さん、またね」
「…っ!はい!」
天使さんは高橋の教科書を胸に抱え込んで、大きく頷いていた。
ちょっと泣いてないか?まだ教科書借りただけだぞ。
高橋は教室の中からも早々に呼ばれて戻って行った。
人気者は忙しいな。
「よかったな。会話のラリー2ターンは叶ったか微妙だけど、借りた教科書を返す時にも話せるだろ」
「か、かみさま~~~~!!!」
天使さんの瞳には零れそうなほど涙が溜まっている。ポロッと落ちてしまうんじゃないかと視線を外せない。
「桐下くんにお願いして本当によかった…!またお願いというか、相談するね」
「まぁ、願いは本人の努力次第だけどな」
俺は、この先、この願いを真剣に聞き届けることが出来るだろうか。
自分の心に芽生えたものに気付いてしまったかもしれない。
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