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怪物は、一年ほど前までは、僕たちと同じ「普通の人」だった。
フツウというのは意味が広すぎるけれど、少なくとも、朝は起きて学校に通っていた。大多数の人と同じ行動を取っていた、という意味だ。
いまは、無職の二十歳。
八つ年上の僕の兄。
地元では神童と崇められた秀才も、井戸から出たら、ただの蛙だったのだ。
自意識だけは高かった怪物は、挫折から立ち直る努力を一切せずに、すべてを周囲のせいにして部屋に閉じこもった。
怪物が、大学生として過ごしたのは、わずか三ヶ月ほどだった。
怪物は、頭がよかった。
すごく、と、副詞をつけてもいい。
小中高と学校一の成績を誇り、母の期待をぱんぱんに膨らませていた。ママ友たちが怪物を褒めそやすたびに、輝く笑顔で応えていた母の馬鹿面が忘れられない。
僕は、なににおいても平均以下だった。
両親はもちろん、教師も、大人たちは、僕と怪物を比較することはない。
無関心、なら、まだいい。
無言で浴びせられる憐れみは、屈辱でしかなかった。
それでも、大人たちは分別を持ち合わせているからマシだ。
「コイツん家の兄ちゃん、クッソ嫌われてたんだぜ。頭はいいのに性格最悪で、友達一人
もできずに大学中退したんだと」
「俺、知ってる。顔中がニキビだらけで油噴いてて、眼鏡かけてて、超キモいんだ。コイツと同じ、こーんな目、してんだよ」
僕を取り囲む級友の一人が、自分の目を思い切り指で引っ張り上げた。一本の線と化した間抜け面に、他の連中が笑い転げる。
コイツと同じ。
その一言で、背筋が凍った。
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