処刑は午前九時に執行します

7/11
前へ
/69ページ
次へ
「なおちゃん!」  その日、登校直前の僕の耳に、母の声が届いた。  夜行性の怪物に、朝っぱらから喧嘩を売ってどうするのだろう。  ばーか。  胸の内でも単調に響いた声が、空っぽの心でカランと転がった。スニーカーを履く手が止まり、驚きに瞳が開く。  玄関に、黒の革靴が鎮座している。 「おい、直也!」  二階から響いた父の声に、僕は腰を抜かしかけた。  奇跡だ。  父が怪物に呼びかけるなんて!!  ドッという鈍い音が続き、両親と怪物の交渉は決裂した。やがて、落胆したような重い足音が二つ、近づいてくるのがわかった。 「このチャンスを逃すわけにはいかないわ!」 「でも……どうするんだよ。俺だって、平日にそうそう休んでいられないよ」 「あなたはいっつもそう!! なおちゃんからも、私からも逃げてばっかり!! もう、うんざりよ!!」  ヒステリックな母の叫びの後に、激しい足音とドアを叩く音が連なった。  ダン、ダン、ダン、ダン!!  ドン、ドン、ドン、ドン!! 「なおちゃん、心配しなくていいのよ! ママがぜーんぶ解決してあげる! なおちゃんが嫌がることはしないから……そうね、まずは、パパと二人で相談に行ってみるわ! 雑誌とかでも紹介されてる有名な先生なのよ! 昨日、置いておいたパンフレットだけでも見て、ね?」  朝の騒動が気になったまま、僕は気もそぞろに一日を過ごした。  いつも通りの孤独をやり過ごして帰宅した家でも僕はひとりだ。でも、真のひとりきりという状況に少しだけホッとする。身を隠す術のない学校は、孤独をより浮き彫りにするから最悪だ。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加