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「なおちゃん!」
その日、登校直前の僕の耳に、母の声が届いた。
夜行性の怪物に、朝っぱらから喧嘩を売ってどうするのだろう。
ばーか。
胸の内でも単調に響いた声が、空っぽの心でカランと転がった。スニーカーを履く手が止まり、驚きに瞳が開く。
玄関に、黒の革靴が鎮座している。
「おい、直也!」
二階から響いた父の声に、僕は腰を抜かしかけた。
奇跡だ。
父が怪物に呼びかけるなんて!!
ドッという鈍い音が続き、両親と怪物の交渉は決裂した。やがて、落胆したような重い足音が二つ、近づいてくるのがわかった。
「このチャンスを逃すわけにはいかないわ!」
「でも……どうするんだよ。俺だって、平日にそうそう休んでいられないよ」
「あなたはいっつもそう!! なおちゃんからも、私からも逃げてばっかり!! もう、うんざりよ!!」
ヒステリックな母の叫びの後に、激しい足音とドアを叩く音が連なった。
ダン、ダン、ダン、ダン!!
ドン、ドン、ドン、ドン!!
「なおちゃん、心配しなくていいのよ! ママがぜーんぶ解決してあげる! なおちゃんが嫌がることはしないから……そうね、まずは、パパと二人で相談に行ってみるわ! 雑誌とかでも紹介されてる有名な先生なのよ! 昨日、置いておいたパンフレットだけでも見て、ね?」
朝の騒動が気になったまま、僕は気もそぞろに一日を過ごした。
いつも通りの孤独をやり過ごして帰宅した家でも僕はひとりだ。でも、真のひとりきりという状況に少しだけホッとする。身を隠す術のない学校は、孤独をより浮き彫りにするから最悪だ。
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