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結局、僕は一睡もできずに朝を迎えた。
僕の睡眠事情など考慮されるはずもなく、いつも通りのルーティンで家族は動いている……はずだった。
「しげる! ボンヤリしないで早く食べなさい! ママ、パパと一緒に大事な用があるから、あんたより先に出るの。鍵、忘れずにちゃんと閉めてよ。……ねえ、パパ、面接は九時の約束だから、八時に出れば余裕よね?」
ヨソ行きの服装でめかしこんだ母は化粧も終えて、姿見の前で最終チェック中である。父は居間のソファで新聞を広げているが、明らかに乗り気ではない。
せわしなく動き回る母が手にしたパンフレットは、昨晩、僕も目にしたものだ。アイツの……怪物の部屋の床に放置されていたものと同じだ。
〈子供の心、開きます!!!!〉
表紙に太いゴシック体の文字がデカデカと赤色で記されていた。
民間団体なのだろう。胡散臭さ満点の「代表」を名乗る大柄な中年女が、山伏風姿で錫杖片手に岩場で仁王立ちする紹介写真にドン引いた。
まあ、怪物は怒るだろうな。
あと数日で終わる四月が、春めいた青空を一面に広げていた。
淡くぼやけた雲の切れ端がのどかさを増し、気怠い一時間目の体育に、ほんの少しだけ気持ちが和んだ。
いつもの準備体操を黙々と繰り返しながら、校舎のちょうど中央に架かる丸い時計をもう一度、眺めた。
白地に整然と並ぶ十二の数字が、じっと僕に訴えかけている。ぎこちない動きでまた一つ、長針が右へと動く。
聞こえないはずのチクタク音が、僕の体内でずっと鳴り続けている。
昨日の夜から、ずっと、ずーっと。
(音、しないんだな……)
父の車で発見したものは、テレビや映画で目にするものとは違っていた。
運転席の下に隠すように置かれていたそれを、なんの恐怖も抱かずに、引っ張り出して眺めたが、いま思うと大胆な行為である。
爆弾だ。
ごく冷静に判断できたのは、信じられなかったからだろう。
ダイナマイトを数本縛ったよくある形状ではなく、電子基板のようなものに、燃料電池らしき四角い物体と、爆発時刻を予告しているらしきタイマーが設置されていた。
二つの物体は、イメージよりも少ない配線で繋がれており、それも信憑性を疑う一因である。
チクタクチクタク……。
屈伸運動をしながら、無意識に胸の内で呟いていた。
チクタクチクタク……。
空の心に刻まれる、運命の時。
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