闇宿る

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 四肢が分裂しそうなほどの疲労の末に、土竜は森の最奥へと辿り着いた。  そこは、森で最も大きな黒榊(くろさかき)の神木が居座る場所であり、唯一、空を拝める場所でもあった。  息も絶え絶えに黒榊の根元にすがりついた土竜には、息を呑むその光景をはっきりと視認することはできずにいた。  森一番の巨木は、幹の半ばほどで無残にも折れ曲がり、その名の通り黒色の葉が茂る枝葉を地べたに伏せている。人智を超えた力によるとしか思えぬ形状で折られた胴体は、怒りを表すかのように節くれだっていた。  黒榊の枝葉が塞いでいた空間だけがぽかりと開き、森を覆う闇とは異なる褐色(かちいろ)の夜空が広がる。ぐったりと横たわる土竜の背中にも、天を支配する月の光が微かに注がれていた。秋の空に浮かぶ下弦の月は、静かに、だが、見入るものの心を緩やかに支配するように、妖しく輝き続ける。  ただ備わっているだけの土竜の瞳も、ほんのわずかに月の光を反射した。 「神様、お願いです」  朽ち果てた大木に向かい、土竜は声を振り絞った。 「どうか、今一度だけ、私に、あの光を」  途切れ途切れのかすれ声は、蝶の羽音にも劣る弱さで消失した。秋の虫たちの囁きすらも届かぬ静寂の森を訪れた小さきものは、夜の影に呑まれて果てるかと思われた。  ぴくりとも動かなくなった土竜の頭上で、漆黒の闇がゆらりと蠢いた。次第に渦を巻き始めた闇は、やがて人間の形となり動きを止めた。 「神様、だと?」  凛と響いた声は、男とも女ともつかない、存外に若く張りのある声だった。夜風とともに湧き上がった笑いが森を震わせていく。ざわざわと木々がそよぐ音が強まり、冥土で目覚めた双頭の番犬の威嚇さながらの響動を引き起こした。 「不吉な異端児として天界を追放された挙句、人間すら近寄らない山奥に封じられたこの俺が、神様、か」  闇の神は黒炎を放ちながら、夜の森に降臨した。
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