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彼が見つめるのは、私も毎日眺めている景色です。着古した毛玉だらけのセーターを着た夫の後ろ姿は、成長し切った大きな子供のようでした。
穏やかな朝陽に包まれた夫の背中に一瞥をくれると台所に立ちます。素直にベッドに逆戻りするわけにはいきません。なにせ、私は無職の身ですから。
いつもの簡単な朝食を用意し、苺を添えようと冷蔵庫に直った際、夫の姿が消えていることに気づきました。
開け放した窓に近寄ると、夫は庭に突っ立ち、空を仰ぐような仕草をしています。
透さん――。
呼びかけようとしますが、一向にできません。自分でも信じられない逡巡が、私の喉を塞ぎます。驚愕の事実でしたが、私は結婚後、夫の名を呼んだ記憶がありません。
やむなく庭を歩く私は、夫への贖罪の気持ちで一杯でした。
佳恵さん――彼が私を呼ぶ声は、脳裏に刻まれています。その後に続く「おはよう」も、「いってきます」も。なんの感情も、ためらいすらなさそうな単調な声が、すでに日常と化していたなんて。
抑揚のない人だと、私にはなんの関心もないのだと、思いこんでいました。
冷たい人なのだ、と。
私は己の醜さにようやく気がつきました。
夫が冷たいのではない。私が――無意識に自分をかばっていたのです。彼と正面から向き合って、傷つくのがとても恐ろしかったのです。「諦めること」は、長年、私が培ってきた唯一の防御方でした。
こんな私を愛してくれるはずがない――と。
木偶の坊と化して、夫の隣に立ちました。
空を見上げる彼は瞼を閉じており、でも、私の気配には気づいています。
「今年は早咲きのようです。年々、開花が早まるな」
主語を省く悪い癖も夫婦の共通点でした。
夫はふっと息を吐き、綺麗な瞳を開きました。天空に据えられた双眸が映す世界に、私は必要なのだろうか――いつもの後ろ向きな思考が心を縛りつけ始めます。
明確な言葉もなく歩き始めた夫の後を、私もついていきます。
坂道を上り、山へと踏み入るにつれ、空は緑に覆われます。旺盛に枝葉を広げる木々の隙間からこぼれる陽光が薄暗い小道に落ち、綺羅星のようでした。
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