寒がりもぐら

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  平日、私が寒い思いをするのは自宅からバス停への三分の道のりと、降車後のバス停から歩いて改札をくぐり、駅のホームで電車を待つ間の往復分。  暖かい陽気の日はいいが、冬は毎日、これだけの距離すら寒くてたまらなかった。特に朝が早い日だったり、帰りが遅い日だったり、そういう日は決まって指先がキーンと冷たい。  手袋はスマホをいじりにくいからしないのだ。そのポリシーも、揺らぎそうな寒さだけれど。  この電車は終点まで片側しかドアが開かないので、開かない方の電車の入口前にきゅっと収まるように突っ立っている。ここが私の定位置だった。  電車の中に居てもドアが開くたびにヒュウッと入ってくる冷たい風に肩を縮めるばかりで、コートのポケットに手を突っ込んで気持ちばかりに冷気を避けた。  暇に耐え切れずスマホと一緒に手を出すと、それだけでより一層指は冷たくなる。  私にも近所の犬のように毛皮があればいいのにと思ったけれど、犬は雪に喜んで庭を駆け回らなければならないそうだから、猫の方がいいかなあ、なんてとりとめのないことを考えた。  はあ、とため息のようについた息を手に吹きかけてすり合わせてもあまり効果はない。貧乏性なのか、カイロはなんとなく勿体なくて使っていない。  いい加減寒さにも慣れてくれればいいのにと思ったけれど、体というのはそう都合よくはできていないらしい。  そうこうしているうちに急行の電車が最寄駅から四つ目の駅に着いた。  この駅はドアが開いたときに一番風が入り込んでくる、寒がりにとっては地獄のような駅だった。  ヘッドフォンから流れる曲が丁度入れ替わり、ガンガン響くデスボイスがけたたましく鼓膜を揺らす。これが地獄のBGMか……となんとなくうんざりしてピ、と次曲へ進めた。  ビューっと風が遠慮の欠片もなく吹き込んでくると、極寒地獄の口からぬっと黒い人が乗り込んできた。  女子の平均身長はある私が見上げるくらいの――一八〇後半はあるであろう長身の男の子だ。癖毛の黒髪、黒いピーコートを着てそのポケットに手を突っ込んで、首元を落ち着いた赤色のマフラーで完全防備している。  彼は私の横が空いているのを確認して、のっそりとそこに収まった。  シューと音を立てて扉が閉まる。  口元をマフラーに埋めて耳を真っ赤にしているのをチラリと横目で見ると、丁度彼が欠伸をするところだった。「くぁあ」という具合に遠慮の欠片もなく大欠伸を出し、涙で潤った目をしばしばさせているのを見て、私も思わず欠伸をしてしまった。  彼の欠伸は、うつりやすい。  私が一限から講義のある日、毎回乗り合わせる彼はいつも寒そうで、眠そうだ。  色白の肌の耳やら鼻やらを赤くして、物凄く温かそうなマフラーを装備して、けれど私と同じで手袋はしていない。彼は電車の中でスマホはいじらないのに。
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