後編

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後編

 亜麻色の長い髪を持つ、白い肌の女性。いれば大層目立つだろうが、なかなか見つけられない。ツチラトも時折俺の腕から抜け出して飛んだりして探しているが、見つけられていないようだった。 「それにしても、下界の町は面白い構造をしているのだな。見たことのない構造物が山ほどある」 「そういうもんか? 普通だろ、こんな街並みなんて」  俺の頭の上にしがみついたまま、通りの両側に建つビル群を物珍しそうに見ながら、ツチラトが言う。  俺が何を今更、と言いたげに返すと、彼はぺしんと俺の脳天を叩いた。いてぇ。 「そんなことは無いのだぞ、天界はそもそも地盤がしっかりしていないから、こんな高い建物などどうしても……ん?」 「ツチラト?」  と、頭上のツチラトが何かを見つけたらしい。その視線を追いかけると、そこにはこちらを見ている、随分肌の白い亜麻色の髪を束ねた女性。 「あっ」 「主様(あるじさま)!」  声を上げたツチラトが俺の頭から離れた。一直線にその女性の元へ――ガブリエルのところへと飛んでいく。  こちらに駆け寄ってきたガブリエルの腕が、優しくツチラトを抱きとめた。 「ツチラト! あぁ、よかった……」 「主様……ご心配をおかけしまして……」  愛おしそうにツチラトの頭を撫でるガブリエル。ようやく会えた主人に、ツチラトも嬉しそうだ。しかし俺の頭の上では随分偉そうにしていたのに、やはり大天使相手となるとその傲慢さも影をひそめるのだろうか。  ひとしきりツチラトを撫でて可愛がったガブリエルの乳白色の目が、棒立ちになった俺に向く。 「貴方が、下界に落ちたツチラトを見つけてくださったのですね。ありがとうございます」 「いえ、見つけたって程の事は……こいつが自分から、俺の近くに落ちてきたってだけで」  深く頭を下げるガブリエルに、恐縮して手と首を振る俺だ。その名を知られた大天使に頭を下げられたなんてなったら、いろんなところに顔向けができない。  しかし、彼女は頭を下げたまま、丁寧な言葉を述べてくる。 「いいえ、貴方の目の前にこの子が落ちてきたことも、きっと主神の御導きでしょう。是非ともお礼をさせてください」 「え……いやいいですよ、そんな、お礼なんて」  突然お礼などと言われて、俺は困惑した。とても困惑した。  何しろ、相手はかの大天使ガブリエル。そんな相手から渡されるお礼なんて、絶対一般人の俺の手に余るものだ。  これで不老不死だの人外の才能だの、渡されても確実に困る。  しかし固辞しても固辞しても、ガブリエルは頑としてお礼を渡そうとしてくる。 「いえいえ、貴方は私達の恩人ですから。どうぞ受け取ってください……と言いましても、持ち合わせがないので大したものはお渡しできませんが」  そう言って、ガブリエルは俺の額に手をかざした。彼女の手のひらがほのかに輝く。  少しの間だけそのまま止まっていると、光が消えた。手を静かに下ろした彼女がにこやかに笑う。 「聖句を授けましょう。貴方の行く末が、幸運に恵まれますように」 「え、あ……ありがとうございます」 「よかったではないか。大天使ガブリエルの聖句など、どんな護符よりも効果抜群であるぞ」  思っていたよりも仰々しくないお礼に、ホッとしながら俺は礼を述べた。ツチラトの言葉は全力で気にしないことにする。  ともあれ、彼女の方もこれでやることはやったようで。ツチラトがガブリエルを、腕の中から見上げた。 「では、参りましょう、主様」 「ええ、それでは」 「あっ、ちょっ――」  俺が何を言うよりも早く、ガブリエルがくるりと俺に背を向ける。と。  次の瞬間、最初からそこには何もいなかったかのように、その姿が―― 「……消えた」  そう、彼女たちはあっさりと、その場から文字通り消えてしまったのだ。  きっと天界に帰ったんだろう、そうでもなければ説明できないくらいに、呆気なく消えた。  まるで狐に化かされた気分になりながら、俺は再び新宿の街を歩き始める。 「聖句、幸運、って言ったって、なあ……お?」  と、足元に何かが当たった感触を覚えて、俺は足を止める。カサカサ、と音を立てるそれは、紙製の封筒だ。 「宝くじ……?」  そう、宝くじを入れる封筒である。ちょうど先日から開催している、ハロウィンジャンボ宝くじの封筒だ。  中身はない。恐らく、買った人が中身を出して持ち帰り、封筒だけ捨てていったのだろう。  ふと左側に目を向ければ、ちょうどそこには銀行が。店頭には宝くじ売り場もあって、幟が立っていた。 「ハロウィンジャンボ宝くじ、絶賛販売中でーす! 今日が最終日ですよー、いかがですかー!?」 「……はは、まさかな。いやでも、うーん……」  出来すぎだ。あまりにも出来すぎだが、これもきっと、分かりやすい幸運の形なのだろう。 「ま、これも天使様の思し召し、ってことで」  そう言いながら、俺は宝くじ売り場に足を向ける。これもきっと何かの縁だ、3,000円分買って、ちょっとでも当たったらそれでよし。  その時は、そう思っていたのだ。  後日、俺はハロウィンジャンボ宝くじの当選番号を確認して、見事に2等に当籤してひっくり返ることになるなんて、その時は思いもしなかったのだ。
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