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お客様が入ってくるたびに俺は三沢さんや店長に続き、いらっしゃいませを声を張り上げて口にする。こんな綺麗な人と一緒に仕事ができるなら悪くないと、現金ではあるがやる気が出てしまった。
三沢さんは続いて俺にレジ操作の指導をしてくれる。スキャナでバーコードを読む。読み上げ登録。レジ袋の有無。お札の数え方。煙草やお酒の年齢確認。ギフトカードの販売方法。クオカードの使い方。学ぶべきことは次から次へと出てくる。
「木下くんは、今日は19時までだったね。ならあと30分はレジ打ちしようね」
1時間半、みっちり教わって残りの指導は実際にお客様を相手のレジ打ち。俺がいたレジには停止板というものが置かれていたが、三沢さんはそれをレジの横に下げる。
俺の最初のお客様は、おじさんだった。
「いらっしゃいませ……」
声が低かったと自分でも分かったが、お客様は気にもしていないようだった。
「178番」
「え?」
俺は一瞬狼狽えたが、三沢さんが真後ろにある煙草の棚から178番の煙草を取ってくれて俺に渡してくれた。
そのバーコードをピッと読む。だが、レジ画面に値段が表れない。
三沢さんは、俺の前に手を伸ばし、お客様の視線をお客様側のレジ画面に移動させる。
「年齢確認をお願いします」
お客様が、年齢確認のボタンをタッチして、やっと俺側のレジ画面に値段が表れる。
「540円になります」
お客様は、黙って千円札を取り出し、トレイにお金を置く。
「すいません。俺、新人なんで」
「がんばれよ」
お客様は釣り銭と煙草を受け取り店をあとにした。その後、三沢さんに言われたことはずっと俺の胸に残ることになる。
「木下くん、社員でもバイトでもね、例え初日でもその仕事についたそのときから、それはプロであるということなの。知らないのは仕方ないし、聞くことも頼ることも恥ではない。ただ、プロであるなら新人だからという言い訳はやめなさい。プロとしての誇りを持って仕事をして。お客様にはベテランであるか新人であるかは関係ないの。あなたはもう接客のプロなのよ」
決してキツい言い方ではなかったが、俺は自らが新人であるからとお客様に言い訳したことを恥に感じた。
「すいません……」
「うん。次からそんな言い訳はやめようね」
それが俺のコンビニバイト初日だった。
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