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その日はよく晴れていた。夜には雪が降り、朝方には路面に雪が積もっていた。日曜日の朝。俺のバイト最終日。俺はきっちり時間通りにバイト先に行き、相方のフリーターの男性とテキパキと仕事をこなす。ときには雑談をしたりもするが、今まで三沢さんに教えてもらったことを復習するかのように仕事をした。
お客様を笑顔で出迎え笑顔で送り出す。時間は刻一刻と過ぎていく。16時を過ぎた頃、紗椰が店に顔を出す。俺が立つレジに立ち、俺の顔をマジマジと見つめる。
「ホットコーヒー。Sサイズで」
「お前は買い物をしに来ただけなのか?」
「そんな訳ないじゃん。もちろん大輔を見守りに来たんだよ。大志を抱けよ少年」
「うっせーよ!」
紗椰は、コーヒーを淹れてから外のベンチに待機する。
16時45分。三沢さんがお疲れ様ですと声をあげて、店内に現れ、バックヤードへと入っていた。俺の鼓動はドクドクと高鳴る。外には紗椰もいる。ここでやっぱり止めましたなんて訳にはいかない。
16時55分。三沢さんが、レジに立つ。
「木下くんは今日までだったね。今までありがとうね」
俺は、三沢さんの言葉を聞いて声をあげる。
「あの!」
三沢さんの目がキョトンと丸くなる。
「俺は三沢さんのことが好きです!付き合ってください!」
昼、一緒に勤めていた男性も目を丸くする。三沢さんは、俺ににこりと微笑みかける。
「ありがとうね。嬉しいよ。でもね、私はバツイチ、子持ち、年上だよ。あんまり焦っちゃ駄目だよ。あなたの周りには素敵な人も沢山いるんだから。その周りを見て、もっと素敵な大人になってから、また言ってね。気持ちは嬉しいよ」
「はい……。今までありがとうございました。お疲れ様です……」
俺は三沢さんに挨拶をして、バックヤードに下がり、ユニフォームを脱ぐ。この店でこれを着るのは最後になる。
タイムカードを押して、俺は外に出る。空には沈みかけの夕日がギリキリで踏ん張っている。それでも数分後には沈んでいくだろう。
ベンチで俺を待っていた紗椰が店を出た俺に駆け寄ってくる。
「どうだった?うまくいった?」
俺は力なく首を横に振る。
「駄目だった。もっと素敵な大人になれって……。もっと周りを見ろって……。俺はいつになったら三沢さんに届くくらいの大人になるんだよ?」
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