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学際:パステルサンセット 3
待ち侘びたその日がついにやってきた。六月二週目の金曜日。今日から週末の土日にかけて、我が大学では学祭が催される。初日の午後からあらゆる学部において、講義は執り行われない。開催宣言は正午過ぎだが、午前からフライングでお祭りモード全開な区画も存在する。
僕らの研究室が属する建物は、そういった中心地からはやや離れたところに建っているけれども、窓からはいつもと違う雰囲気に包まれたその場所がよくよく色づいて見えた。これからあの極彩色に輝く膨大なエネルギーが、大学中に拡散してゆくのだろう。
毎年、この時期は梅雨との境目。けれど今年は幸いにも、まだ梅雨入りは報告されていない。この記念すべき三日間の天気、気温、湿度はいずれも良好と予測されている。高温と水気が天敵である僕としてもそれは嬉しく、かねてより目論んでいた学祭の直接観察が実行に移せる。
見よ、この日のために河村に改良させ手に入れた、軽量かつ強靭な小型マルチリンク式サスペンション。従来のストラット式に比べて値は張るが、その見返りとして得られるしなやかな動き、路面追従性、安定した走行性能に勝るものはない。この足廻りにかかれば野外の凸凹や亀裂など、磨き抜かれたつるっつるのフローリングも同然だ!
……と、実はまだ試したわけではないのだが、河村が声高にそう力説していたのを憶えている。僕はその試験も兼ねて、午後一時頃からいよいよ実地に赴いた。そうしてみると、学内カメラで遠くから俯瞰するだけではわからない学祭独特の空気感――道行く人の表情の細かな変化や、展示物の微に入り細を穿つ芸術性など、生の体験を得ることができた。
お祭りムードの中では、僕が堂々と道端を移動していても、あまりおかしな目で見られることはない。さすがに壁を走ることは控えるけれども、概ね視察は順調に進んだ。
ただ、道中、どうにも気になるものに出会うことになる。行く先々で、沢が奇妙な看板の添えられたテーブルにつき、訪れる人の相手をしていたのだ。それはおそらく、藤林の催し物と関係があることなのだろう。彼女のやることはいつも独特で面白い。そして沢はサークルや講義などで知り合いも多いようだから、客引きとしてはさぞ適任だ。
事実、僕が見かけた数回のうちでも、沢が売り子をする傍らで様々な人に声を掛けられていることは何度もあった。愉快で軽快に話す沢は、相対する人すべてを笑顔にさせて見送っている。自分が楽しくないことはしないと豪語する沢。その沢がこうして、かねてから小言を漏らしながらも本番の接客まで引き受けているということは、やはり企画の内容については相当魅力的なのだろうか。僕はメモリの片隅でそんなことを考えながら学祭の中心地を一通り巡った。
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