学際:パステルサンセット 3

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○ ○ ○ 「きゃあああああ!」  午後二時三十分。研究室に戻って小休止を取っていた僕のサウンドディテクタに、お手本のような甲高い悲鳴が届いた。声の質から判断するにその主は……たぶん白坂だ。  と思った矢先、僕の目の前の廊下を実際に白坂が引きずられていった。彼女の手を半ば強引に引いていたのは藤林。そしてそれを近くで見ていた伏屋は、特に騒動を止めるでもなく、おもむろに書類の記入を中断して立ち上がった。 「ああ、もうそろそろ時間ですね」  研究室から出ていく藤林と白坂のあとを、歩いて追っていく。  おっと。みんな出ていってしまうのか。  このまま一人取り残されても退屈なので、僕もついていくことにしよう。伏屋の通った玄関扉が閉まりかける隙間にボディを挟み、外へと出る。ついでに扉が閉まり切ってオートロックの作動した音を確認すると、僕は少し離れて彼女らのあとをつけた。  三人の目的地は、研究室の入った建物から外に出て、やや歩いたところにある広場だった。理系の学部が集まるキャンパスの一角にある広場――通称“科学の広場(Plaza of Science)”。そこは確かに開放的で、整えられた花木や水路もあって見目良い清潔な広場であるが、なにぶん立地が中央部から外れているために、いつも閑散としている場所であった。  しかし今日に限っては見慣れない装飾が施されている。パステルカラーの鮮やかなパラソルが心地良い小さな陰を作り出し、そこにモダンなテーブルと椅子が設けられた、あたかも野外カフェのような空間。ちょこんと立てられた木製の洒落た立て看板にはシンプルに『パティスリー(pâtisserie)カフェ(Cafe) ―サンセットフォトガーデン(Sunset Photo Garden)―』とある。  広場の縁には大きなブラウンのキッチンカーが停まっており、大きく切り抜かれた側面の窓からは、内部で作業をしている梅田の姿を見つけることができた。付近にはメニュー表を兼ねた上質なポスター。曰く 『本催しでは、主催研究室自慢のパティシエール梅田による極上のメニューをご提供致します』  そして以下に、提供可能な品々がカテゴリ別に羅列されている。コーヒー、紅茶に代表されるドリンクからサンドイッチやパスタ程度の軽食。それらに続くのは、メインとなる多種多様な洋菓子類だ。こちらに関しては事前に作り置きされているらしく、ベーシックなチーズケーキ、モンブランに始まり、カップゼリー、チョコレート、フルーツタルト、さらにはミルフィーユまでもが揃っている。丁寧に一つ一つが隣のショーウィンドウに並べられていて、どれも相当に手の込んだものだとわかった。いつだか風に乗った根も葉もない噂で、梅田の家には菓子作り専用の厨房があると聞いたことがあったが……あながち冗談ではないのかもしれない。  ただ、僕が感心の眼差し――もといレンズを向けている間も、梅田は陳列された宝石のような菓子たちを特に誇るでもなく、キッチンカーの中で自慢の白衣を翻しては気怠げに作業を続けていた。あの顔は、面倒事を仕方なくこなしているときの顔だ。  彼女の作業を眺めてしばらく経つと、今度はどこからかピアノの音が聞こえてくることに僕は気づいた。自然と音の方を見やる。すると、その音はキッチンカーが停まっているのとはまた別の、広場の奥から生まれていた。  真っ黒で大きなグランドピアノ。確か大学が所有している備品の一つだ。そしてそれを弾いているのは伏屋であった。雰囲気的には試し弾きといった感じで、普段から伏屋が愛聴しているドビュッシーの著作が途切れ途切れに奏でられる。  ははん……なるほど。僕はようやくピンときた。  学祭に乗じてこんな場所が用意されていること。そして梅田が面倒そうに働かされているキッチンカー、伏屋の演奏のためにわざわざ野外に設えられたピアノ。加えて、さきほど研究室から白坂を攫っていったのは藤林だ。きっと彼女がここで、学祭限定のカフェでもやろうっていうんだろう。ならばやはり、近くに彼女たちがいるはずで……。  そのとき僕は、またしても見事な悲鳴を聞いた。間違うはずもない、白坂の。 「いやあぁぁー! 無理です無理です無理ですって!」  発生源はどうやらキッチンカー、の後ろ。回り込んでみると、そこには車がもう一台あった。窓に黒い遮光の施された大きなバンで、開いたスライドドアの前には白坂と藤林が立っていた。 「こんな服絶対無理ですってば!」  叫ぶ白坂は、自身の身体を抱きかかえるようにして隠している。理由はもちろん、現在の彼女が身に付けている服にあった。一見して普段の彼女の装いとは随分違うし、さらに言えば、それは一般の服装からもかなりかけ離れていた。  つまるところがコスプレというやつだ。肩、背中、腕、腰回りから足首に至るまで機能性を度外視したヒラヒラを多分に纏い、かと思えば胸元や二の腕、太ももだけはピンポイントで惜しげもなく露出されている。白坂が恥ずかしがるのも納得の衣装だろう。彼女はとにかく必死に身を屈めながらも抗議を重ね、対する藤林はそれを見て、困った困ったと頭をかく。 「えー、学祭の出し物手伝ってってお願いしたら、いいって言ってくれたのにー」 「う……確かに内容を確認せず引き受けた私も、かなり軽率でしたけど……」 「だってー、ゆいゆいと樋尾先輩だけじゃあ、手が足りないんだよー」  状況は読めた。どうやら白坂は、これから催されるカフェのウェイトレスとして連れてこられたようである。まあ、あれはちょっと健全なウェイトレスには見えないが……藤林がなぜウェイトレスにあの衣装を選んだのかという点については、今は横に置いておこう。  そして他に名の出た二人も同様らしく、樋尾は少し離れたキッチンカーの作る影で、姿勢よく待機中だ。純白のシャツに黒のベストとパンツをきっちり着こなし、三百六十度どこから見ても紛うことなきいっぱしのウェイター姿。男性衣装のチョイスはすこぶるまともではないか。  ちなみに『ゆいゆい』というのは、藤林が橋原を呼ぶときの愛称だ。しかし彼女に関しては、今のところ周囲には見当たらない。 「手が足りないのはわかります。でも、いくらなんでもこんな格好……ほら、スカートこんなに短いんですよ! 橋原先輩だってなんて言うか……」  そのとき、ちょうど車の中から橋原が降りてきた。片手をドアに添え、もう一方で髪を耳にかけながら、身に付けた真新しい服を気にして。 「意外と大人しい服ですね。夏子先輩のことだから、もっとすごいの想像してましたけど」  橋原は異様なほどに堂々としているせいか、細く伸びた白い手足がとても印象的だった。長い髪は後ろで緩くまとめられており、その淑やかさの上にあてがわれた派手な衣装との対照性が、目の覚めるような彼女の可憐さを引き立てている。表情に羞恥の色はまったくなく、逆に拍子抜けだと言うような呆れが見えた。  藤林はその様子を見て何事かを納得し、そっと白坂の肩に手を添える。 「キッシシシ。残念だね、白百合ちゃん。ゆいゆいは短いスカートなんて慣れっこなんだよ。なぜならこの子は昔……」  直後、橋原は人の目には留まらぬ転瞬だけ藤林を睨みつける。 「夏子先輩、余計なこと言うと、私も手伝うのやめちゃいますよ」 「ああっ、待ってー! そんなことしたら樋尾先輩が一人でベスト汗びしょにしながら注文とる羽目になっちゃうよー!」  慌てふためく藤林の声に隠れて、どこからかくしゃみの音が聞こえた気がした。 「うぅ……いくら橋原先輩が平気でも、こんな短いスカートじゃ、私、一歩も歩けません……」  羞恥心に限界がきたのか、白坂はついに泣き言とともにその場にしゃがみ込んだ。 「あ、白百合ちゃん、しゃがむと余計見えるよ?」 「っ!」  けれどすぐにまた立ち上がる。その目は若干涙目だ。 「キッシシシ! 白百合ちゃんのパンツ、フリフリで可愛いー!」 「橋原先輩! これセクハラですよね!? パワハラですよね!? アカハラですよね!?」  やがて、白坂の羞恥は怒りに変換されたらしい。橋原に駆け寄ってはその腕を掴んで訴える。 「んー、そうねぇ。まあ確かに、出るとこ出れば勝てるかもねぇ」 「出ましょう! 今すぐに!」 「あらあら、普段大人しい白坂さんがそこまで言うなんて、これは相当キテるわね」 「ま、まあ……そこはどうにか示談にしてもらうとして……」  橋原はあくまで冷静だが、かといって白坂を止めるつもりもないようだった。こういう場合はその冷静さが返って怖いもので、藤林も少し大人しくなる。そして立場の危うさをごまかすためか、藤林は露骨に話の方向を変えた。 「てか、前から思ってたんだけど、白百合ちゃんの呼び方って、未だに他人行儀な感じだよね」  水を向けられた白坂は、藤林への警戒心を隠さないままに渋々と答える。 「……そうですか、別に普通じゃないですか」 「いやいや、私たちは女の子同士なんだから、もっと緩くていいんだよー。ね、白百合ちゃん」 「私のことを面と向かってその呼び名で呼んでくる人は、今までいませんでしたけど」 「あれ、そうなの?」  まあ、おそらく白坂をそう呼んでいるのは、彼女のことを遠巻きに眺めている野次馬たちなのだろう。名前を小綺麗にもじってはいるけれど、『容易には関わり難い高嶺の花』という意味も込められているために、親しい友人であれば控えるであろう呼称である。彼女に親しい友人がいるのかは、また別として。  ただ、分かり切っていたことではあるが、藤林は良くも悪くもそういった表に出ない微妙な対人関係には疎いのだ。気不味い空気になろうかというところに橋原のフォローが入る。 「じゃあ私は、りりちゃんって呼ぼうかしら。どう?」  その提案に白坂は、わずかに戸惑いがちではあったものの、しっかりと了承の意を示した。 「えと、はい……構いませんが……。そうすると私は……」 「普通に名前で呼んでもらって結構よ」 「じゃあ……唯花さん、で」 「ええ、嬉しいわ」  橋原は柔らかく微笑み、おかげで白坂の緊張もいくらか解けた様子であった。 「そういうわけでりりちゃん。今回は、言われた通りに頑張っておきましょう? 大丈夫よ。スカートが短くても見えない歩き方、教えてあげるから」  どうやら、白坂と橋原は上手くやっていけそうだ。  一方、微妙に弾き者にされつつある藤林が、二人の間に加わろうとして騒ぐ。 「あ、ちょ、おーい! いきなり二人だけで仲良くなるなんてずるいぞ! だったら私もりりりんって呼ぶ! 頼むよりりりん!」  しかし既に期を逃してしまったようで、白坂はやや不審のこもった半眼を藤林に向けた。 「……これっきりにしてください。藤林先輩」  また、それに便乗してだろうか、橋原までがあからさまに不自然な満面の笑みで 「お礼は弾んでくださいね、藤林先輩」  と言うにつけ、藤林は焦りながら抗議を並べる。 「あ、あれ? なにそれ、私だけ差別じゃない? それなら私のこともなっちゃんって呼ぶべきじゃない?」  それでも白坂と橋原が相手にしてくれないと悟るとついに喚き出し 「うわーん! 二人とも意地悪! もういいもん! いいんだもん! 開店は三時だからね! りりりんとゆいゆいはお客さん来たら順次注文とってね! 樋尾先輩にも伝えておいてよ!」  その後も「うわーん! うわーん!」と叫び残して脱兎の如く逃げていった。白坂と橋原は彼女の背中を見届けると、二人で顔を合わせて肩をすくめるのだった。  藤林は、三時に開店と言っていた。特に開店宣言などがあるわけではないが、確かに彼女の言葉通りその時分になると、広場にはぱらぱらと人が集まり、周囲が活気を帯び出した。  その中で機を見計らい、伏屋がグランドピアノでの演奏を始める。訪れた人々はやがてそういった雰囲気から、この場がカフェになっていることを認識していく。  三十分もしないうちに、広場は見違えるほど賑やかな場所になった。気づけばキッチンカーの前には何十人もの行列ができていて、梅田が半ばうんざりした顔で注文を捌いているのが、見ている側としては甚だ愉快極まりない。テーブルに座る客には樋尾が礼儀正しく爽やかに対応し、白坂や橋原は見事に藤林の目論見通り看板娘の役割を果たしていた。  僕は行き交う人々の足間を縫うように躱しながら、広場の内部を悠々と見て回る。空に向かっていくつも咲いたパラソルを透過した太陽光は、淡いカラフルな万華鏡となって石畳の地面を彩る。その光景はまるでちょっとしたファンタジーの世界のようで、僕の気分を高揚させた。  そうしてざっと広場を回って再び入口に戻ってくると、視界の端に異様な存在が誕生していることに、僕は気づく。  いつの間に現れたのか、その中心には河村がいて、ちょうど沢が向かうところだった。 「ちっす、河村先輩」  声に河村は顔を上げる。 「ああ、沢。どうやらひと仕事してきたご様子で」 「そーなんすよー。もー朝から今まで大学中を一人行脚。夏子先輩ってば人使い荒すぎっす」 「それはそれは、ご苦労さんだねぇ。んで、どんなことしてきたの?」  河村は興味半分、同情半分といった様子で沢に尋ねる。 「それが夏子先輩、この学祭に向けて、漫画描いてたみたいなんすよ。俺はまず、そのことにすげー驚いたんですけど」 「あー。あの人、漫画大好きなんだよね。ジャンル問わずなんでも読むし、面白いやつ見つけてくるのが上手くって」  藤林が漫画好きという話は、実は僕も聞いたことがある。いつだったかお茶部屋で、新連載の少年漫画がアツい云々という話をしていた。そのとき聞かせていた相手は梅田だったから、正直、藤林がずっと一人で喋っているだけだったけれども。 「端的に言えば、俺がやったのはその売り子だったんすけど、四十五ページの読切を五ページずつ別々の場所で、時間をずらして配るんですよ」 「何それ。なんか、面倒なことしてるね」 「いやそれがですね。お話の内容がこの大学を舞台にしたミステリーで、展開が進むごとに場所が移動するんです。俺は実際にその場所で待ち構えてページを配る、って感じで。大通りの噴水からスタートして、丘の上の時計台とか敷地の隅の売店とか、数年通った学生でも知らないような穴場スポットもかなりあって」  藤林はM2になった今でもよく、昼休みや登校前に、探検と称して学内をうろうろしていることがある。もしそんなことを入学当初からずっとしていたのであれば、この広大な大学の様々なスポットに詳しくもなるだろう。 「あ、そういや僕、前に夏子先輩から頼まれたんだった。うちの研究室のホームページに新しいタブ作って、そこにアクセスした人に、順番に位置情報を提供するシステムを用意しておいてって。このイベントに使うものだったってことかな」 「そうっすね。んで、物語の最後には、この広場のカフェに行き着くんです。なかなか粋な演出ですよね。話の内容も面白くって、売り子しながら読んでたんすけど、俺、感動しましたよ」 「漫画描いて人動かしてカフェ作って……夏子先輩はさすがの行動力だねぇ」  確かに、ただカフェをやるだけに留まらずそんなことまでしていたとは……では、この位置取りの決してよくない広場にこれだけの客が集まっているのは、藤林の漫画の影響も多分にあるのだろう。彼女の企画力には素直に脱帽せざるを得ない。沢と河村はしばらくの間、目の前で繁盛しているカフェの持つ意味に改めて「すげーすげー」と連呼していた。 「ところで、行動力って意味じゃあ、河村先輩もなかなかっすよね。だって、これ……」  一通り藤林を讃えたところで、沢がようやく、ずっと自分の背後にあった存在に言及した。振り返って首を逸らし、見上げるほどもある大きなそれは。 「スタジオとかに、あるやつじゃないっすか?」 「お、その通り。よくぞ聞いてくれました。これはね、僕が長年コツコツと買い集めた自慢のストロボに背景光のLED、そしてスタンド、さらにアンブレラやバルーンの各種リフレクタ! どれも野外撮影まで考慮に入れて選りすぐった一級品さ!」 「ま、マジっすか」 「マジマジ。まあね、言ってみれば紳士の嗜みってやつだね、これも」  河村はそれらの機材を前に、誇るように腰に手を当て胸を張る。 「んで、今日は夏子先輩に頼まれて、希望者には記念撮影してあげてるんだ。超高画質SNS映え! あとからホームページでダウンロードまでできちゃうアフターサービス付き!」 「へ、へぇ……でもそれ、お客さん来ます?」 「沢が来る前は結構頼まれてたんだよ」 「でも今は暇そうっすね」  沢がそう言ってからかうと、河村はぶすっとふてくされて「うるさいなぁ」と答えた。 「いいんだってば。暇なときはさ、ほら、存分に橋原嬢と白坂嬢の艶姿を激写! 僕のカメラはこの世の美しいものを撮るために存在するんだから! むしろこっちがメインタスクさ!」 「……それも紳士の嗜みっすか。マジ引くっす」  望遠カメラでここぞとばかりにシャッターを切ってみせる河村に、沢は遠慮のない軽蔑の眼差しを向ける。しかし河村は河村で、そんな沢の視線など微塵も意に介した様子はなかった。 「お! ちょうど白坂さんが接客してるところ発見! あの恥ずかしさをこらえてる顔がグッド! 今人気の魔法少女アニメの衣装をウェイトレスに着させる夏子先輩のセンスに脱帽!」  沢は呆れ混じりの溜息を吐き捨てると、緩慢にレンズの先へと目線を移す。そしてそのまま、さしたる興味もなさそうに言った。 「まあ確かに、白坂のあの見てくれは、結構な客寄せになるでしょうけどね。俺からしたら、白坂があんなの引き受けたってことに、ひたすら驚きを隠せないですけど」 「いやー、夏子先輩に逆らえる人はなかなかいないよ。あの人は敵に回しちゃいけない人種」  その意見には僕も全力で同意する。この世の中に対立したくない人は数あれど、藤林ほど強くそう思わされる人間はいない。実はあの研究室で一番恐ろしいのは藤林で、教員の三人よりも偉いのではないかと思うときが、しばしばあるくらいだ。 「それはそうと、沢も一応、白坂さんのことは可愛いと思っているんだね」  一定間隔でシャッターを切り続けていた河村が、ふと沢にそんなことを尋ねた。  すると沢は、意外にも何食わぬ顔でしれっと答える。 「え、そりゃあ思いますよ。中身はあんなでも、外見は間違いなく一級品ですね。まあ橋原先輩の方が、中身もバッチリなわけですけど」 「うわー、すっごい言い方。そしてそんな一級品の白坂さんが衣装のヒラヒラを気にしながらお客さんに紅茶とミルフィーユをサーブするシーン、頂きます!」  パシャパシャ、と河村はここぞとばかりに撮影の頻度を上げる。 「先輩やっぱマジ引くっす。てか、せっかくならイケメンな樋尾先輩も撮ってあげましょうよ」 「えー、野郎は守備範囲外だなー」 「その言い方も大概っすね」  うーん。これは要するに、二人ともクズ野郎ということだ。せっせと働いている三人を前に、なんたる話をしていることか! 「でも先輩、あれはあれで女性客の獲得にはだいぶ貢献してそうですよ」 「まあ、樋尾先輩はモテるからね。今年も冬になったらきっと、バレンタインチョコのおこぼれでパーティーが開けるよ」 「そりゃあすげぇや!」  ……薄々感づいてはいたけれど、この二人が一緒になるとロクなことを考えないな。  その後も彼らは冗談半分な発言を飛ばし合いながら、たびたび笑い声を上げた。そうしてしばらくすると、沢が突然、妙案とばかりに手を叩く。 「そだ! 俺、もうフリーだし、客になって白坂のことからかってやろ!」 「うわ、沢お前、命知らずだなー!」  二人はまた「わははっ」と笑う。  そしてその笑いが途絶えないうちに、沢は早速、鉄砲玉のように広場の中心へと走っていった。面白そうなことを見つけたときの彼の決断は、まるで脊髄反射のようだ。  残された河村は一人になると、しかし瞬間、真顔になってポツリと零す。 「……いや、あいつほんとに命知らずだな」  そこから十五分ほどして、遠目には笑顔で沢に接する白坂が見えた。けれども、沢が注文したらしきカフェオレを持って戻ってきたときには、見事に河村と同じ真顔になっていた。  沢のカフェオレには非常に丁寧かつ鮮明なラテアートで『誅』と描かれていた。
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