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輪読会は二時間続いた。終了時刻はいつもまちまちで、すんなり一時間ほどで終わることもあれば、難解な内容で昼まで縺れ込むこともある。つまり今日は平均的であったと言えよう。
その輪読会の終わりがけ、お茶部屋に准教授の伏屋が入ってきて、沢と白坂を呼び止めた。
「ちょっと、いいですか。すぐ終わりますので」
伏屋は二人にテーブルに着くよう促し、穏やかに尋ねた。
「どうですか? 研究室にはもう慣れたましたか?」
「はい」
「えっと、まあ」
白坂と沢が順に答える。
「僕の名前は、もう覚えて頂けましたか?」
「……伏屋瑞樹先生です」
「はい。ジェンダーフリーな名前なんです」
白坂の正当に、伏屋は嬉しそうに柔らかく微笑み、続ける。
「今日は、二人に今後の話をしようと思いまして。普通、こういう話はトップの教授からするものなんですが、うちの教授はあんまり研究室に居なくて……というか日本に居なくて……。教授はすごく変な人で、見たら絶対わかると思うので、そのうち挨拶しておいてくださいね」
「……はあ」
「わかり、ました」
学生が教員に『今後の話』なんて言われたら、身構えるのは当然だろう。それを聞いて、僕もなんとなく先の内容に予想がついた。研究室に通う学生それぞれに与えられる、研究テーマについてのこと。彼らにとっては卒業のかかった大事な問題だ。
「まあ、そう堅くならないでください。ひとまず、白坂さんは僕の、沢くんは梅田先生の下に就くことになっていますね。この研究室は光の研究をしていて、今はどちらのチームも、光が人間に与える影響について調べています。僕のチームでは自然科学的な側面から、梅田先生のチームでは社会科学的な側面から。前者には化学や生物学なんかの知識が要りますし、後者には統計学や心理学の知識が要るでしょう。各々で必要に応じて勉強するようにしてください」
「はい」
「うげ」
伏屋の説明に、白坂と沢は見事に真逆の反応を見せる。伏屋はそれを気にした様子もなく、また柔和で優しい笑みを浮かべた。
そこからは、研究の内容についての話となった。研究概要や今後の予定など、新人の把握すべきことはとても多い。白坂はともかく沢の表情が少しずつ曇っていくあたり、それなりに難しい内容なのだと想像できた。そして、短いながらも濃密な話の末、最後に伏屋はこう言った。
「細かいことは追々わかっていくと思うので、心配しないでください。それよりも先に言っておきたいのは、どちらのチームも研究の根差すところは同じだから、データを共有するということです。君たち二人の卒業論文でもそうなると思います。つまり君たちは一蓮托生。人間関係、これ第一。是非、仲良くやるようにしてください」
ただ、そこで二人の表情が固まったのを、目敏い僕は見逃さなかった。
「そんなところです。最初は練習実験から始めるといいですね。準備と説明は梅田先生にお願いしてあるので、二人で授業等の予定を調整して、一緒に、協力して取り組んでください」
「……はい」
「……うげ」
一応返事はしたものの、最初と比べて明らかに二人の周囲には淀んだ空気が立ち込めている。
伏屋はそんな彼らの様子に、気づいているのか、いないのか。やがて立ち上がり、キッチンで自分のマグカップにコーヒーを注ぐと「じゃあ、僕はこれで」と残して去っていった。
重々しい沈黙。僕は耐えきれず早々にお茶部屋からの退散を決め込んだが、やや神妙な顔つきをした二人は、その後もしばらく立ち上がろうとせず、気不味い着席をしたままでいた。
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