揺らぐウェイヴ

2/9
前へ
/9ページ
次へ
4分33秒。 ジョン・ケージの至極の無音オーケストラ映像を観ながら、僕は双方の結末を想像しようと試みたが、微妙な環境音、自分の心臓の鼓動や脈拍、衣擦れ、思わずボリボリ掻いてしまう皮膚の音。 無音になりきらないすべてに3分と耐え切れず、家の外にありったけの処方薬を持って出ることに決めた。 コンビニと通院を除いてはほぼ一か月ぶりの外出。 道程はあまり覚えていないが数時間、神奈川方面に電車移動した。東京湾よりも横浜の方が死に場所として絵になりそうという根拠のない理由だった気がする。 僕の病気は物忘れが他人よりだいぶ多い。 駅名も確かめず、下車して川沿いを歩く。 水面がどことなく黄みがかって揺れていて、そこでもうすぐ夕暮れなのだと認知した。 このまま飛び込んでしまおうかとも思ったが、まだ人通りがあったのでためらった。 歩いて少しして、ビジネスホテルの裏手にひっそりとある喫茶店が目についた。 レトロな木造の店先の看板には“モーニングサービス ランチサービス”とだけ書かれていて、値段も営業時間も書かれていない。 手がかりは煤けた窓から見える店内の橙色の照明。 さらにのぞくと他に客は誰もいなくて、カウンターテーブル上に猫が二匹うっすらと見えた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加