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「つまり寂しさで呆けて、発狂して死んだと」
「それはみじめかもなあ」
若猫は赤毛をぶるっと振るわせて、老猫は俯いて聞いていた。
少しためらってから僕は考えを言った。
「マスターには悪いですがここを抜け出して醜態をさらさないのも一つのキレイな落としどころかもしれません」
「そしてお前さんもこの街に死に場所を探しに来たって事かい?」
いつの間にか僕に寄り添っていた若猫は気づくと僕の左手首、8㎝ある縦傷のカサブタをぺろぺろと嘗め始めた。
僕には鬱病を拗らせて自傷癖もある。やっぱりこの猫たちの言葉は幻聴なのかもしれない。
「まだ先のあるお前さんまでオイラの後を追う必要はないんじゃないのかい?」
「いや、違うんです。この手首の傷は何と言いますか…切った瞬間に視界がふぁさーっと消えていくんです。その血の気と意識が遠のいていく瞬間。その一瞬だけが希望がちらつくと言いますか、唯一生きた心地がするといいますか」
自宅のバスタブを選ばなかったもう一つの理由はそれもまたすでに未遂で終わった案件だからである。
僕はせめてまだやった事のない死に方を試し、それが成功したならそれで良いと思っている。
「君は相当病んでるんだな」
「アンタ、四の五の言わずにまずは医者に行った方が良いよ」
「行ってますよ。ただ強い薬を渡されて、内科から精神科へ行かされるだけですよ。現にそんな生活をもう3年も続けて、歯を磨く事すら重労働に感じますし」
「若いのに大変だねえ」
若猫に励まされる僕。
「酒飲んで女を抱いたらパッと治るもんさね」
「うつ病っていうのは、分かり易く言うとずっと失恋の痛みが続いてるような感じなんです。この手首の傷の、もっと奥深い所で毎日ドロドロと痛むんです!心が!わかります!?」
今度は声を荒げてしまった。今日はレンドルミンが効きすぎている。
「いや、そういう話じゃないよ」
老猫に茶化される僕。
だが僕に言わせるとそういう話でもない。
どう例えても、彼らには鬱病という魔物がどんなものかイメージできないのだろう。
「じゃあ、こうしよう」
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