1人が本棚に入れています
本棚に追加
耳元で何かが弾ける音。
それはマスターが鳴らした指先であった。
「お帰りなさい。良い夢でしたか?」
どうやらテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。
反射的に自分は手首を隠した。そして触った瞬間思い出す。
自分は日ごろからリストバンドをしており、先ほどのように猫たちが傷口を嘗めるというのは不可能なはずだった。
そして何より猫たちが全く見当たらない。あったはずのキャットフードやコップの痕跡も何もない。
マスターはテーブルの錠剤を見やって言った。
「まあ、人生なるようにしかなりませんから。目の前にある事しかできませんから」
果たして彼がどんな気持ちで、どこまで僕の病気を察して言ったのかわからない。
でも間違いなく僕の心の弱さは見透かされていた。
「そろそろ、店を閉める時間なので」
マスターはほとんど手つかずの僕のランチセットを流しに引き下げた。
猫の事が聞きたくて仕方ないのだが、マスターと目が合わない。やはり聞いてはいけない事なのか。
「いくらですか?」
「明日か、また今度で良いですよ」
マスターに言われるままに出口に促され、彼がドアを閉じる瞬間。
店奥で2本の尻尾がシュッと見えた気がして自分がアッと言うと、マスターはこう耳元で呟きながら扉を締め切った。
「お待ちしてます」
パチン。
パチン。
最初のコメントを投稿しよう!