7、

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7、

 私が仕事から帰ると父がやって来て私に訴えてきた。 「通販で買い物をしたが、不良品だったから返品すると電話したんだ」 「そうなんですか」  通販でのトラブルのようなことは、よく利用する父にはそう珍しいことでは無い。だから私は気のない返事をした。大体いつも、どういうトラブルかを私に話してそれで終わりだからだ。だが今回は少し違った。 「返品すると言ったら、向こうが、返金するから銀行の口座番号を教えろと云ってきた。とんでもない。知らない人間に口座番号なんて教えられるかと云ったら。口座番号が分からないと返金が出来ないと云い張って譲らないんだ」  その後も父はまだしゃべり続けたが、話からすると父はオレオレ詐欺と似たようなことを想像しているらしかった。いつもなら返品して交換だが、今回は返品して購入自体をやめると云うことだった。 「返品して購入代金を返してもらうんだったら、口座番号を伝えて振り込んでもらうのは、別に問題ないんじゃないですかね」 「そんなことはないだろう。知らない相手なんだぞ」 「暗証番号を教えるわけじゃないから、問題ないですよ。ふつうのことですよ」 「いや、そんなはずはない。俺は納得いかないな。とにかくそのことで、今日はずっと相手の会社の人間と電話で話したが、全くらちがあかないんだ。口座番号を教えてもらえないと、とそれしか云わないんだ」 「それで、なんですか、書留で返金してくれとか云ったんですか」 「ちがう、ちがう!払うときは代金引換だったんだから、返金もそうするべきだろう。そうしたら、そんなことは出来ないと云うんだぞ。全く酷い話だ」  私は忘れていた。父は通販を利用するとき申し込みは電話でなければダメで、支払いはいつも代金引換なのだ。ITに強いんじゃなかったのか。結局最後に信用しているのはアナログなのだ。 「それで、私にどうしろと」 「おまえ、明日昼間にここへ電話して話をつけてくれ。頼んだぞ」 「私が代わりに話すんですか。私関係ないでしょ」 「いいから、おまえがもう一度よく話を聞いて、それでなんとかしてくれ」 「なんとかって。私が話しても同じことだと思いますけど」 「グズグズ云うな。おまえの悪いクセだ。いつも何か一言余計なんだ。たまには、ハイ分かりましたって云って見たらどうなんだ」 「ハイ、分かりました」  私はあきらめた。父から通販の相手の会社の名前や電話番号を書いたメモを受け取った。  疲れた。おなかが空いた。早くビールでも飲みたい。 「ところで、今日の晩飯はなんだ」自室で着替えている私に父が居間から大声で聞いてきた。 「焼き鳥ですよ」 「また焼き鳥か。そればっかりだ。たまには違うものを買ってこい」  違うものなんて、買って来てもまず気に入らなくて文句を云うくせに。そう思ったがそれを父に云うのはやめた。 「ハイ、分かりました」  翌日、私は会社から通販会社に電話をして父の返品の件を処理した。私が父の代わりに銀行の口座番号を伝えただけだった。
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