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8、
父は食べ物にうるさい。自分で作るわけではないし、料理に造詣があるわけでもないし、食べ歩きが好きというわけでもない。だがうるさい。私が日々用意する食事に毎回感想を云う。私が、「それなりにおいしいと思って食べられれば、それでいいじゃないですか」というと、「なんてことを云うんだ。おまえはそういう大ざっぱなところがダメなんだ。もっと気を使え」と、そんな風に叱責を云われた。
父は、料理を家庭内で一手間掛けるのを好む。できあがりの惣菜を買ってきて皿に盛るだけとか、パックのままで食卓に並べると、その時点でダメ出しをされる。まあ、食べるか食べないかは本人の自由と思えば、云わせて放っておけばいいことだが、ついなんとか満足のいくようにと多少気を使う。
今日はコロッケにした。コロッケなら評判の惣菜店ででも買って来くれば、そのほうがずっとおいしいのではと思うが、冷凍のコロッケを買ってきた。
一からコロッケを作るのは、腕も時間も根気も無いのだ。惣菜店のコロッケをうちで揚げ直せばとも思ったが、油で揚げていない冷凍コロッケをうちで揚げる路線を選んだ。
揚げ物は面倒くさい。汚れるし。そんなことを思いながら台所に立っていると、父が通りすがって、
「今日はなんだ。その白いのはなんだ」と聞いてきた。
「コロッケですよ」
私は背後に父の気配を感じたときから、いかに気に触ることを云われても冷静に受け答えしなければと身構えていた。作っている最中から文句を云われるとやる気を失う。それに、作る前から飯が不味くなる。
「コロッケが白いのか」
「揚げる前のコロッケは白いですよ。パン粉の色ですから」
「パン粉……そうか。自分で作ったのか」
「いいえ。冷凍です。一から作るのは大変ですから」
「冷凍か……。それを油で揚げるだけか」
「そういうことです」
ここで何か、父の顔が笑顔になった。何が父の気に入ったのかよく分からず、警戒して父が次に何を云うかと待った。
「今は揚げるだけでいいコロッケがあるのか。便利な世の中になったもんだなぁ」
父は心の底から感心したような声を上げた。そこで私は、つい口に出して、
「いや。こういう冷凍のコロッケは何十年も前からスーパーで売ってますよ」と云ってしまった。「そうですね」と適当に返事をしておけば何事も無かった。
「ふん。昔からあるか。そうか」
父は一転、不機嫌そうに鼻を鳴らして、また居間に戻って行った。揚げる前からコロッケが少し不味くなった気がした。
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