9、

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9、

 父がパソコンを使って何かしているようだ。何をしているかは分からないが、何か大きな声を出している。最初は電話で誰かと話しているのかと思ったが、トイレに行きがてらチラッと居間を覗くと、電話では無くパソコンに向かっていた。  父が大声で云っていることの内容に聞き耳を立てて見ると、どうもパソコンでチャットをしているようだ。また、誰かにそういう使い方も出来るんだということを自慢げに教えているのかも知れない。まあ、声はうるさいが干渉はしないでおこう。それにしても、パソコンでテキストチャットをしているのに声が大きくてうるさいというのは、なんだかおもしろい。私はフッとそんなことを考えて笑いがこみ上げて来た。  私はこういう時、むしろ父が私の生活環境に干渉して来ているように感じる。声による無意識の干渉だ。テレビや映画を見ていても、本を読んでいても、何をしていても話し声というのは気になる。声の大きさもその内容も気になる。自分がしていることに集中しづらいのだ。  父は何かに怒っているようだ。恐らく、自分が云うとおりに相手が動いてくれないから憤慨しているのだろう。 「自分が書いた文を読めたか教えて欲しい、だと。いちいち返事をさせる気か。送信されてるんだ、読めば分かるに決まってるだろう。何度も何度も確かめて来おって。うるさいやつだ」  相手の人は、自分が送信したチャットの文に父が返事をしないので、チャットが送信できていないのかも知れないと思い、確認のために何度も同じことを送信して、返事を求めているようだ。 「そばにいて顔を見て話してるわけじゃ無いからね。返事をしてあげないと、父さんが読んでいるか分からないでしょ」  父の声があまりうるさいので、私は居間に首だけ出して半笑いして、たしなめるような調子で、だが小さめな声でそう云った。すると、 「うるさい。おまえまで何か俺に文句があるのか」私の方へは顔を向けず、パソコンの画面を睨んだまま父はそう云った。 「耳、いいですね」 「当たり前だ。よく聞こえるぞ」  私は自室に戻りながら「こういうことにはしっかり返事をしてくるんだよなあ」ブツブツ云うのだった。
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