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「穂積さん、時間大丈夫なの?」
ぱちりと目を開け、体を起こすと見慣れた顔が見慣れた表情でこちらを見ていた。私はふぅと息を吐き出してから、夢の内容を反芻しようとして失敗に終わる。
「…大丈夫です、夕方までに間に合えば。先生、いつもありがとうございます」
養護教諭の道畑は良く言えば優しい、悪く言えば気弱で他人の言いなりだ。なぜ私がほとんど毎日、放課後保健室のベッドを借りにくるのか。これまでまともに問われた事はない。
それは私がクラスで悪い意味で目立つ事はなく、成績優秀で、それなりの友達に囲まれている事実を職員室で聞いたからだろうか。
だから問題ない、そう判断しての放置。
それはきっと正しくて、きっと怠慢だ。
磨かれた硝子越しの窓の外に、色付く空が映る。てっぺんに上っていた太陽は建物の間にゆっくりゆっくり沈んでいくのだろう。
実態は掴めないのに確かな輪郭を持って、けれどよく見るとその縁は淡くぼやけて。
私はそのオレンジ色をレンズに捉えてシャッターを切るように瞳にじっと落とし込む。
眠くて仕方のない体に染み込ませるように、静かに瞳を閉じて開いた。
「じゃあ、私帰ります。先生、さようなら」
それは道畑に向けた言葉ではない。優しい時間、黄昏時にいる正しい私に向けた言葉だ。
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