Ⅺ 親征、ダールガット

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 ひとつだけ用意された椅子に掛けると、イリューザーが足許に伏せ、ひと睨みするように顔だけを上げた。  ざっと平伏する人々に、クレイセスが(おもて)を上げるよう声を発する。それと同時に好奇と、疑義の眼差しがみずからに集中するのを、サクラは感じた。苦手な瞬間、しかし、俯かずにまっすぐ前を向く。 「このたびはダールガットにお越しいただき、光栄の極み。思い起こせばセルシアが遠征したのは……」  長々と始まった口上に、サクラは心の中で突っ込んだ。「思い起こせば」って、セルシアが出征したのは初代しかいないって聞いてるのにこのオジサン、思い起こせるほど生きてなかろう、と。ほかにも述べ奉られるだけ突っ込みどころが増えていき、サクラは己の心中でひとり、突っ込み疲れた。 「……つきましては我が草屋(そうおく)にお招きしたいと存じますが、いかがでしょうか」  たっぷり十分喋っておいて、用件それですかと、サクラは背もたれに寄りかかりたくなるのを堪える。  事前の打ち合わせで、誘いの類いは好きに答えて構わないと言われた。逗留する場所や、宴、茶会への参加の有無、観劇や音楽会等、すべてだ。参加したいものがあればそれに従う、と言う。  社交に気を遣って人脈を広げたほうがいいかと聞けば、それも特に必要ないとの答えに、サクラは胸を撫で下ろした。社交関係は「苦手」の意識が、すでに芽生えつつある。 「お心遣いには感謝致しますが、お気持ちだけいただきます。また、茶会、観劇等の一切をお断りいたします。私はダールガット滞在中は営所に。フィルセインとの睨み合いが続く今、雪中にあり緊張状態を維持している騎士団や兵とともに、私はありたい」  砦の中の人間は、まだ常の生活を維持できているためか、緊張感は騎士団のそれとは違うと教えられた。  ならば、彼らに与えるべきは危機意識だ。
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