Ⅺ 親征、ダールガット

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 左に森を見るほかは、なだらかな平原。右の遠くに川の一部をかろうじて視界に入れられたが、あの川にこの街は隣接するように形成されており、商業的な恵みをもたらしているものだ。  今はいずれも白に覆われており、なおかつひどくはないものの、降り出した雪の所為で視界は悪い。 「あそこにかすかに見えるのが、フィルセイン軍の一部が駐屯している場所です。正直、あの距離に偵察用の駐屯部隊など、舐められたものです」  アフディールが、確実にサクラの二本分はある太い指で指し示した方向を見れば、森の境と思われる場所に、雪に覆われた天幕らしきものが、そうと言われればそう見える、程度に視認出来た。 「なるほど。だから森を抜けて間諜が往き来しやすい訳ですね。駐留している数は」 「千五百。後方にはすでにフィルセイン軍八千を確認しております。あれだけなら散らすことは容易いが、目掛ければ挟まれかねない」 「そうですね。これまでに捕らえた間諜の数は」 「妙な噂を煽動していた者を含めれば、六十を超えたと聞いております。仰せに従い、間諜は捕虜としては厚遇しています。管理しているのはトルクの営所ですので、詳しいことは営所長のレフカにお訊ねを」 「わかりました。……クレイセスからは、二砦は保たないようなことを聞いてましたけど、それほど損傷が激しいようにも見えませんが……」  見た目には破られたであろう箇所も修復の跡があり、それほどひどい状態には見えない。 「それは……この砦の外には空濠(からぼり)があるのですが、それを半分ほど埋め戻されたのです」 「なるほど。この雪では、雪かきするばかりになって、濠を立て直すことは出来ませんね」 「仰るとおりで」  確かに、砦自体は小さい。石積みの塀があれどそれほど高いものでもなく、はしごでもあれば容易く越えられそうだ。しかし、外に濠があるなら話は変わる。
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