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ハーシェルの言葉を、咲羅は「そっか……」と納得しながらも、どこか遠いことのように思いながら聞いていた。咲羅の願ったことを、レア・ミネルウァは叶えてくれたのだ。
「お前にとって大切なひとりを忘れろとは言わない。だが、お前が救った多くも、目に入れてくれ。今、救護舎は空だ。あれほど多くいた患者が、ひとりもいない。バトロネスが暇を満喫している」
よれよれになって患者を診ていたバトロネスが思い浮かぶが、彼が暇を持て余す様が想像出来ない。あれほどいた患者がひとりもいない救護舎も、咲羅には今ひとつ、考えられなかった。
「サクラが『セルシア』だとわかり、皆が本心から忠誠を誓った。クレイセスが書き換えた誓約書にな。あれは、俺では思いもつかない内容だが……そなたらしくて、良いと思う」
クレイセスを見ると、少しだけ笑んで頷いた。咲羅の願いは、受け止められたのだ。
「明後日、戴冠式を行う。それまでに、見て来い、サクラ。お前が命をつないだ世界を」
ハーシェルの言葉に、どこかぼんやりとしたまま、咲羅は頷いた。
「額飾りを、お預かり致します」
ユリウスの言葉に、「額飾り?」と言われて手をやると。
初めての感触に驚いて、サラシェリーアに凭れていた体を起こした。
「これほど豪奢な証は、お目にかかったことがありません。城下に降りられるのでしたら、外してゆかれたほうが宜しいでしょう。サクラ様がセルシアであるとわかりやすいことは良いのですが、目立ちすぎるのも確かです。戴冠式までは、大神殿にてお預かり致します」
手袋をしたユリウスに、額飾りを外して渡す。咲羅の世界では「マーキスカット」と呼ばれる、楕円の両端を尖らせた形の石が連なり、中心にある一番大きな石だけが、深紅の煌めきを放っていた。その下には一粒の、透明な涙型の石が揺れている。自身で初めて見るそれに、こんなの嵌めて寝てたのかと驚く。つけていることに、指摘されるまで気がつかなかった。
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