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コンビニ前の路上で弾き語りしているストリートミュージシャンの若者と目が合った。彼の足下には逆さになったテンガロン帽が置いてあった。中に百円硬貨が三枚見えた。見物人はひとりもいない。
目を逸らし、腹を押さえながらコンビニの入り口扉をくぐり抜け、トイレを真っ直ぐ目指した。
個室に籠り、無線機を切った。便座を用意した。用を足すには腰のベルトに装着した拳銃がどうにも邪魔だった。ベルトを緩め、革製ホルスターごと拳銃を取り外した。棚の上に、革製ホルスターに覆われた拳銃をそっと静かに置いた。
水を流し終えたとき、携帯電話がけたたましく鳴り出した。背広の上着に手を突っ込んで携帯電話をつかみ取った。液晶画面に視線を走らせると石田からだった。
「どうした?」
「無線聞いてないのか。鳥屋町で強盗事件発生。急行するぞ」
「すぐ行く」
スラックスを上げてベルトを締めた。
無線機のスイッチを再び入れた。
トイレを抜けて店の通路を早歩きした。雑誌コーナーで音楽雑誌を手に取っている若者の姿を目に留めて振り返った。さっきの銀縁眼鏡の若者だ。左の頬が腫れていた。不良に殴られた跡だろう。
声を掛けようか、とも思ったが、「鳥屋町で強盗事件発生」という石田の声が脳裏に甦り、私はそのまま店の外に出た。
覆面パトカーは赤色灯を回しながら私の到着を待っていた。
「早くしろよ」
開け放った窓から顔を覗かせながら、石田は見るからにそわそわしていた。石田が言いたいことはわかっている――事件現場のいちばん近くにいながら到着が遅れたら格好がつかない。
叫び声。「わっ」と声を上げたサラリーマン風の男が目についた。彼を突き飛ばした者がいる。さっきの肩をいからせた不良だ。
「やめなさい!」
トイレで出すものを全部出したから、何の気がかりもなしに腹の奥底から警察官としての大声が一気に溢れ出た。
不良は鼻で笑い、背中を向けて遠ざかっていった。
「砂山、早くしてくれ」
石田の声を無視して、倒れたサラリーマン風の男を抱え起こした。
「大丈夫ですか」
私が言うと、男は舌打ちし、「あんた警察の人?」と訊いてきた。
「ええ、そうですが」暴行の被害届を出すつもりなのだろうかと思い、立ち止まって次の言葉を待った。
「けったくそ悪いな。死ねよ税金泥棒」
男は怒りのすべてを私にぶつけて去っていった。少し酔っているのだろう。真面目に会社勤めして、家に帰れば家族もいるのだろう。彼を擁護するあらゆる言葉を頭に浮かべてみても、胸糞の悪さは少しも消えなかった。
「早くしてくれよ」
覆面パトカーの中で石田が泣き笑いしている。
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