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覆面パトカーの助手席に身を沈め、私は冷や汗の海に溺れていた。断続的に襲い来る腹痛に悩まされ通しの一日。前の晩に何を食ったとか、何をどれだけ飲んだとか、寝るとき腹を出して寝たとか、そういった事情はさして重要ではないし、それを語るつもりもない。問題なのは何時なんどき粗相をしてもおかしくないという逃げ場のない状況、それに尽きるのだった。
覆面パトカーの運転席には同僚刑事の石田がいる。公務員の安定が欲しいというただそれだけの理由で警官になった俗物。同僚でさえなければ、私はそもそも石田のような男とは関わりなど持っていない。それでも私たちはチームだ。一丸となって力を合わせ、怪しい車両や挙動不審な人物の姿を捉えるべく、警官として目を光らせる。それが私たちの任務であり、生業だった。
管内の繁華街に連なる通りは一方通行の四車線を基本とし、三車線になったり二車線になったりしながらぐるりと一周する環状になっている。私たちは街の灯りに浮かぶ環状通りを回り続ける。夜が明けるまで延々と。いつもならどうということのないルーチンが、今日に限っては冷や汗するほど辛かった。
時刻は夜八時を回りつつあった。
「停めろ」
下腹部を押さえながら声をあげた。声に力が入らない。
「またかよ」
運転席の石田が舌を打った。
「昨日、飲みすぎたか」
私は酒をやらない。「酒は飲まないんだよ」喉まで込み上げていたそんな科白を飲み込んだ。わざわざ改めて下戸を主張するのも面倒だし馬鹿げていた。無用な争いもしたくない。
「ほら、どうぞごゆっくり」
ウインカーが左に点滅し、覆面パトカーはコンビニ前の路上に停車した。ドアを蹴り開けて、急ぎ歩道に転がり出た。
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