1:メール

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1:メール

『駿也がここにいたらな……。駿也は文系? それとも理系?』 担任の馬場先生が夏休み前の注意を話しているのを聞き流しながら、机の下でメールを送る。送信すると、いつものように瞬時に既読がつく。 『駿也はずっとアプリを開きっぱなしにしてるのか?』 去年の文化祭後、駿也へのメールが既読になってからずっとこんな感じだ。夜遅く送っても、早朝に送っても瞬時に既読がつく。 『読んでいるんだったら、返事ぐらいよこせばいいのに。』 もうこの何か月かで諦めが入ってはいるが、駿也に文句を言いたい気分だった。 2年の時のクラスメイトは、結局駿也を思い出すことがなかった。母さんは、たまに話題を振って来る。 『そういえば、転校したっていう駿也くんと連絡取ってないの?』 ってな感じで。 『最近はないな。』 連絡というか、俺が一方的にメールを送りつけているだけだけど。そう返事をしているうちに、次第に母さんも口にしなくなった。そして、俺も以前ほど頻繁にはメールをしなくなった。 「ほらっ! 佐々川っ! プリント後ろへ回せ。」 馬場先生の声でハッとする。前の席の里緒奈が俺にプリントを差し出して睨んでいた。 「オープンキャンパスから帰ったら、必ず学校へ報告を入れるんだ。都合が悪くなって行かなかった時もだ。他に予定外で行った場合は……明けでもいいか。」 何だ、結構適当だなっ? 俺は夏休み中に地元の大学1つと、都内にある2つの大学のオープンキャンパスへ行くことにしていた。 馬場先生の話が続く。多分50代になったであろう馬場先生は美術の先生だ。彫刻の方で割と有名らしく、いろんな賞を取っていると聞く。全部里緒奈の受け売りだけど。 「おい、欅藝大のオープンキャンパス一緒に行こうぜ。」 隣の良太が話しかけてきた。良太は3年になって同じクラスになった奴。結構仲良くなり、昼の弁当を食べる時にはいつも一緒だ。教室で他の友達とともに弁当を広げる時には、隣に必ず良太がいる。 「俺も混ぜて。」 良太の前の席の伸一が後ろを向いて話しかけてきた。伸一は2年の時から同じクラス。欅藝大は県内一の大きな大学で学部も多かった。結構近くのキャンパスには俺が目指す文学部と理工学部、経済学部がある。欅は県の樹木に指定されているだけあって、学校名に取り入れられていることが多い。俺が今通っているこの学校も欅央高校。県内1、2を争う大欅がある。 「うん、みんなで一緒に行こうぜ。」 去年のあの一時期……大欅が見える非常階段の踊り場でよく駿也と弁当を食べた……。 「ほらっ! そこの3人、話を聞け!」 馬場先生の怒号が飛び、伸一が慌てて前を向くと同時に、俺も頭に浮かんだ面影を振り払い姿勢を正した。
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