その身に起きた不幸せ

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「おい、何やっているんだよ、母さん!」  そこへ現れたのは学生服を着た響生だった。黒い学生服のボタンをしめながら慌てて深鈴のもとへ。踏みつけられた深鈴の手は赤く血が滲んでいる。 「やりすぎだろう、今朝はどうして」 「どうしてですって? 何故あなたはこの子をそうやってかばうの、響生。こんな子供この家にとって不名誉極まりないでしょう」 「家がどうのは関係ない! 深鈴は深鈴だ、どんな理由があったって」 「……ほ、本妻でもある私よりも先に子供を産んだのよ。あの人の夜遊びに責任を取らされる私は、なんて惨めなのか」  市川深鈴、その名前を初めて聞いたのは今から七年前、響生が九歳の頃だった。  ***    少年はぼろぼろのランドセルと手提げ鞄だけを持って、島津の屋敷の玄関に立ち尽くしていた。その手に持った汚れた手紙には主人に向けての言葉が綴られている。 「君が深鈴か……彼女は、もう亡くなったんだね?」 「先日のことです、か、母さまが困ったらこの家に来るようにって」  島津家の主人、島津大寺郎は黙って深鈴の頭を撫でた。その背後で深鈴を睨みつけていた頼子はこの時初めて夫の大切にする第二の女の存在を知る。 「認めないわ! こんな、こんな汚い子……」 「頼子、私のことはどうとでも言うが良い、しかしこの子は悪くないだろう」 「あ、あなたどういうつもりでそんな……?」  もともと大寺郎と頼子は見合い結婚だった。さらに言えば両家有名製薬会社同士の政略結婚でもある。そこに愛情が生まれてはいないことに、彼女自身だって気がついていたのだろう。  深鈴が現れて以来、嫉妬に狂い頼子はすっかり壊れてしまった。今だって深鈴のことが何がなんでも気に入らない。  騒ぎを聞きつけて幼い響生はじっと自室の窓から見つめている。身なりも汚れた深鈴だったが、それでも響生はその姿を美しいと思った。  ***  家政婦がまた深鈴に八つ当たりをしている。この家では頼子が全て、深鈴の失敗を叱りつける家政婦もまた頼子に冷たく扱われていた。
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