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「君! 新入生だよね? 入学式もう始まるんじゃないの?」
スーツに着られた姿に一目でそれと気づいたらしく、何故か構内で自転車に乗って晶の後ろを走り過ぎようとしていた背の高い上級生らしい人が、急ブレーキで止まって声を掛けて来た。
「あ、あの俺、いや僕もっと早く来るつもりだったんですけど、でも」
焦ってしまい、しどろもどろで無意味な言い訳を並べる晶を、彼は優しい声で宥めてくれる。
「落ち着いて。場所はわかる?」
「あ、会場のホール、ってあれ、ですよね?」
構内案内板を指しながらの晶の台詞に、その人は跨っていた自転車から降りながら驚くべき提案をした。
「うん、遠いだろ? ちょっとありえないくらい広いからね。さ、これ乗ってって」
「え、……え?」
「歩いたら十分以上は掛かるし絶対に間に合わないから! 新入生は、いや新任の先生なんかもこの広さを舐めて痛い目に合う人多いんだよな」
(……十分⁉ 大学内で?)
「自転車って、……いいんですか?」
「うん? 自転車通行がOKかってことなら大丈夫だよ、大学側からちゃんと許可出てる。何せ広過ぎるからね。通れる道とかに多少制限はあるし、他にも細かいルールはあるけど。二人乗りは禁止だから、乗せて行ってやれないんだ」
突然の申し出に狼狽えている晶に、彼は強引に自転車のハンドルを握らせた。
「最初から遅刻して、嫌な記憶から大学生活始める気? いいから早く乗る!」
「は、はぁ、」
「この広い通りを向こうへずーっと道なりに走って、正面に見える大きな建物だからすぐわかると思うよ。看板も立ってるだろうし。俺は歩いて回収に行くから、ホールの前で乗り捨てといて。もし誰かに咎められたら『薬学研究科の石森がすぐ取りに来ます』って言っとけばいいから。ホラ、早く!」
「あ、ありがとうございます。お借りします」
頭が真っ白で冷静な判断もできないまま、晶は提げていたバッグを前籠に放り込み、所謂『ママチャリ』と称されるのだろうその自転車で走り出した。
「新入生? 急いで、始まりますよ」
ホール前の幅の広い石階段の下にいた案内役の大学職員が、自転車で乗り付けた晶に驚く素振りもなく急き立てるように告げる。
「あ、はい! あの、自転車、これ借りて、あ、石森さんて方に、」
「大丈夫、ここに置いて行ってください。取りに来られるんですよね?」
「はい。すみません、お願いします!」
自転車をその場に止めると、晶は石段を一気に駆け上がりホールへ飛び込んだ。
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