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* * *
「みよちゃん、おはよー!」
後ろから聞き慣れた声に肩を叩かれた晶は、笑顔で振り向いて挨拶を返す。
「おはよう、佐藤さん」
「堅苦しいなぁ、名前で呼んでいいって!」
「あー、璃子、さん?」
「やっぱ『さん』なんだ? 璃子でいいんだけど」
含み笑いしながらの璃子の言葉に、晶は少し困ってしまった。
「それはちょっとハードル高い、です。俺、男子校だったし、お、女の子とほとんど話したことなかった、から」
「ん~、そっか。『佐藤さん』の方が気楽なんだったらそれでいいからさ。なんかゴメンね」
気遣うような璃子の台詞に、晶はかえって申し訳なく思う。
「いや、そんな。り、璃子ちゃ、ん、が謝ることじゃないから!」
他人からすれば取るに足りないようなことだろうが、晶なりの決死の覚悟が伝わったのか、璃子はすっと笑みを消して真面目な顔で話し出した。
「……ホントに、無理することないからね。あたし、佐藤ってよくある姓だし、地元では特に多くてクラスに何人もいたんだ。『佐藤さん』て呼んだらあちこちで一斉に振り返るみたいな状況で、フルネームとか下の名前で呼び分けるのが当たり前だったから。逆に、そういう自分の経験だけのフツーを押し付けてたみたいで、悪かったなって」
「押し付けるとか、そういうのじゃなくない? 本気で嫌なら、俺だって断るよ。でもホント、単に慣れてなくて困っちゃっただけだから! 璃子ちゃんは何も気にしなくていいんだよ」
必死で言い募る晶に、璃子は安心したように笑みを浮かべた。
「わかった。あ、そろそろ行こ、遅れちゃう」
「うわ、やば! せっかく早めに来たのに」
共に教室へ急ぎながら、晶は完全に璃子と打ち解けられている自分に気づいた。
* * *
「あ、石森さ、」
「よう、三好くん」
学部棟の食堂で見掛けた彼に思わず声を掛けてしまったあとで、晶は石森の隣にいる女性に気づき慌てて頭を下げる。笑顔で晶に会釈を返しながら、隣の石森の腕に触れて「誰?」と小声で尋ねる彼女に、少し屈むようにして「薬学部の新入生だよ。三好くん」と石森が囁くのが聞こえた。
「こ、こんにちは。三好です」
「五年生の中林です」
とりあえず名乗った晶に、彼女もきちんと名乗り返してくれる。
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