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水面に浮かぶ、黄金の一本道。
あの先に、彼女はいる。
「ねえねえ」
小さな手が、腰の辺りを突いた。
振り向くと、あの子がいた。
「行っちゃうの?」輝く瞳で、僕に問いかける。
「どうだろう」
視線を戻すと、道はもう消えていた。また、間に合わなかった。
橙色の光が、海に吸い込まれていく。
「あれ、死んじゃうの?」小さな人差し指が、それを指した。
「死なないよ」僕は答える。
「じゃあ、消えちゃうの?」
「消えないよ」
「じゃあ、どこかに行くの?」
「もう一つの世界に行くんだ」
「お母さんがいるところ?」
「そう。お母さんがいるところ」
「それって、どんなところ?」
「すべてが反対なんだ」
「反対?」
「こっちが昼ならあっちは夜。こっちが夜ならあっちは昼」
「私も行きたい」
「どうして?」
「お母さんに会いたいから」
「それは無理だよ」
「どうして?」
「だって、すべてが反対だから」
「そっか」
「そうなんだ」
小さな手が、ひらひらと舞った。
「いってらっしゃい!」
光は音もなく飲み込まれ、紫色のベールが世界を覆った。
「帰ろうか」小さな手は、僕を握って離さない。
「うん、帰ろう」
今度こそ、離さない。壊してしまわぬように、そっと、そっと、握り返した。
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