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さらさらさら、と砂達がガラスのくびれを落ちてゆく。
おれがすずめから貰ったこの砂時計は、凪さんとサンドミュージアムで買ったらしい。旦那と行った旅行で、浮気相手に土産を買うなんて、無神経代表の彼女がやらかしそうなことではあるが、貰ったときはすごく嬉しかった。
木目模様のテーブルにちょんと乗った砂時計は10センチほど。砂の中にはきらめく光のかけらが混じっているようにみえる。貰ってから、一年は経過していたが、こんなに長く観察したことはなかった。
時の流れを砂で表すことを考えた人は、紛れもなく天才だよな。
するすると滑り落ちると、くるっとひっくり返す。すると再び、三分間の刻が砂の粒子に溶け、積まれてゆく。
店内にけたたましい稼動音が響き、中央のカウンター席に目をやると、ジューサーの中で紅の液体がたゆんたゆんと踊るように、波打ち始めた。季節のフルーツジュースが売りのこのカフェは、苺の甘酸っぱい匂いが充満している。
身体に沿うカールハンセンのYチェアー、ブラックアイアンの脚をしたモカブラウンの机、ブルーグレーの壁紙、くすんだイエローのペンダントライト。
打ちっぱなしコンクリート床には、無造作に置かれた籐の籠。中にある、ブランケットにミナペルホネンの蝶がひらひらと飛んでいる。その横に観葉植物の影がにょきにょきっと伸び、窓ガラスから差し込む光は小春日和と呼ぶのにふさわしい。
北欧風の店は、非日常な色を装っているのに、どことなく落ち着くのは店のテイストが統一されているからだろう。
そうこうしているうちに、砂時計の砂はぜんぶ落ちてしまった。
三分は、待てば長いのに、過ぎると早いのはどうしてだろう。時間なんてものは、ただの錯覚なのではないかと、疑わずにはいられない。
もう一度、砂時計をひっくり返す。
硬く冷たい、限局した刻だけを閉じ込めたガラス。
「二人で時を積み重ねていこう、だから、砂時計をプレゼントするね」
口だけ女のナンバーワン虚言を挙げるなら、まさしく、これだ。
鳥のすずめと同じ名前で、いい加減なことばかりピーチクパーチク言っていた。今思うと、ほとんど嘘だったのではないか、と疑わしい。
くだらない陳腐な感傷に浸るぐらいなら、こんな砂時計は捨ててしまえばいい、と空腹の獣のように眼をぎらつかせたおれが言う。
いや、これは特別な砂時計だから、大切にしないと、とダンゴムシのように丸まって硬くなったおれが止める。
静かに揉めているふたりは両方とも不憫だ。
それを決めるための三分間をなんどもなんども繰り返し、太陽の光で輝く砂時計を、愛しくも憎らしく見つめている。
足元をひゅうっと冷気が通り過ぎ、入り口の扉に目をやる。すずめではない事に悲しくなり、期待したことにため息が出る。
すずめとはしばらく会っていない。
また、このカフェでブレンドを飲もうねーーー。
別れ際、彼女はそう言った。
嘘つくんじゃねぇよ。だったら、なんで居ないんだよ。
言われたことを思い出して、夜に切なくなったり、朝一番にすずめの顔を思い出しているおれがばかみたいじゃないか。
「冬が一番好き。肌と肌を重ねればすごく気持ちがいいでしょう」と、いたずらを企んでいる子どもみたいな笑顔で、そう言ったすずめは、目尻と頬にしわをよせた。
なんせおれより十二歳上だったから、時間を肌に刻んでいた。
そのしわを無でるのが、気持ちよかった。
触ったところから、おれのすずめに対する想いが染み込んで、彼女から一抹でもおれに伝わるものはないのか、と交換できるようなものを探していた。無論そんなものは一切なく、おれの想いばかりが募ったのだけれど。
おれはそのとき、まだ二十で、持っているものは若さだけだった。その若さが変な自信を生んでいて、先のことは何も考えていやしなかった。すずめもそれを望まなかったように思う。だったら、ふたりで過ごした時間の意味は、とふと、砂時計に目を落とすと、砂はぜんぶ落ちきっていた。
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