125人が本棚に入れています
本棚に追加
すずめは見た目がぼんやりした女だ。
一度すれ違っただけでは覚えられないほど、印象的な部分などない。なのに、笑うと八重歯が出るところや、近くで見ると目元の化粧が少し浮いている、など彼女特有のものを見つけてしまうと、大事にとっておきたくなるような、そんな厄介な女だ。
彼女はおれの通っていた高校に夏休み明けに登場した。夏休みで産休に入るという英語先生の代わりで、臨時職員だといった。そのとき彼女は三十一で、見た目はまあ、可もなく不可もなかった。根本から毛先にかけて、色が抜けてゆくグラデーションの髪は肩まであり、ボブとかいうらしい。化粧はファンデーションと、アイラインを引き、口紅はしていたりしていなかったりと気分で化粧をしているようだった。
進学半分、就職半分、という中途半端な偏差値の、一応、県庁所在地に位置する高校。
進学する奴らは進学科に行くから、普通科の奴はあまり授業にやる気がない。おれは普通科だった。
先生が教室に入ってきても私語をやめない奴もたくさんいる。
すずめはいつ入ってきたのかわからないほどの存在感で、教室にいるのに、焦った学級委員が職員室にすずめを呼びに行った時もある。
やる気がない生徒よりもやる気がなく、授業中、椅子に座っている。
生徒が寝ていても、スマホを見ていても注意すらしない。
そのくせ、教科書を読むときは気だるい態度にそぐわない、ネイティブな英語が口から出てくるのが面白く、生徒には人気だった。
凪井すずめ、が彼女の本名で、芸名のようだというやつも居た。一ヶ月も経たない間に彼女はなぎちゃんの愛称で呼ばれるようになった。
板書はしない。リスニングを流さない。教壇には立たない。
ただ教科書の英文を読んで「こんな英語使わないよ、残念な教科書だなあ」と、他人事のようにツッコミを入れて、でも律儀に日本語に訳し、思い出したように英語で生徒に質問する。
「ジャパニーズプリーズ」
と、おどけて言うと、
「だめだめ、わたしは英語の先生なんだから」
と、日本語で返し、その後に、もう一度英語で、
「What did you eat this morning?」
と、繰り返す。
そして、パンでもご飯でも何でも良いよね、と自己完結させるのが、なぎちゃん、の授業だった。
最初のコメントを投稿しよう!