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day5
慣れって本当に恐ろしい。
俺はもう、ユーくんが後ろに張り付いていることに何の違和感も抱かなくなってきている…気がする。
寧ろこの方がしっくりくるような、そうでもないような…。
たまに触れられる温度のない手も、ふわりと細められる視線も。何もかもが、そこにあって当たり前になってきてしまった。
不思議な感覚だ。
つい数日前には、こんな非現実的な存在なんて信じてすらいなかったというのに。
今や居ない方がおかしな感覚がしてしまう。姿が見えないと、何となく探してしまうなんて。
優しいし色んなことによく気がつくし、いつも穏やかに微笑んでいて彼の存在は最早癒しになりつつあった。
初めに感じた気味の悪さなんてとうの昔にどこかへ消え去ってしまっていて、たった数日なのに俺の日常にはもう彼が居ることが当たり前になってきたように思う。
寝る時に同じ布団に入ってくるのはまだ、慣れないけれど…。
というか慣れてきて大丈夫なのか。
ユーくんには狂暴さの欠片も見えないが、彼はやっぱり俺にしか見えず触れずなのでその存在事態の謎は未だ底知れない。
そんなモノに癒しすら感じ始めてしまっている俺はもう、本当に平凡などと主張してよいものなのだろうか。
「兄ちゃーん?風呂空いたよー!」
「はぁーい!」
そんなことをぐるぐる考えているうちに、風呂に入ってこいと急かされてしまった。
とりあえずゆっくり湯船に浸かって、思考を纏めるとしよう。
そう考えながらタオルやら着替えやらを用意して洗面所で服を脱ぐ。洗面所には当然、上半身が映るだけの鏡があるのだが…。
「いや、だから何でいるんだよ…」
上半身だけ裸になった状態で振り向くと、扉のすぐ側にやはり彼の姿が。
俺が必死に入ってくるなと止めたおかげなのか、初めのうちは扉の外で待機していた彼。それがこのたったの数日で段々と遠慮がなくなってきたのか、俺が服を脱ぐのもお構い無しに洗面所、更に昨日はお風呂の中にまでついてくるようになってしまった。
昨日は慌てて追い出したけど、どうやら全く懲りていないらしい。
今日なんてはにかみながら片手には何故かスマホに似た何かを握っていた。いやスマホか?そうにしか見えないんだけど…。
どこから出したの?
というか、何に使うの?
こないだのペンライトみたく、何でもパッと出せちゃうのかなこの便利な幽霊さんは。
「ユーくん」
「?」
「ん?じゃないんだよなぁ…」
俺が呼び掛けると、柔い髪を揺らして可愛らしくこてんと首を傾げるこの幽霊。
何故だか考えたくもないが、先程のスマホらしきものは明らかに俺に向かって構えられていた。まさかとは、思うんだが…。
「写真とか、撮るつもりじゃあ…ないよな?」
「…?」
またこてん、とあざとい仕草に曖昧な微笑み。答えはイエスと受け取っていいのだろうか。
「言っとくけどそれ多分、犯罪だからな」
「………」
「だから、いいから外で待ってなさい」
「………」
この場合、幽霊にも犯罪という言葉が当てはまるのかは分からないけれど。
そもそも俺は写真を撮るのはともかく自分が撮られるのは嫌いだし、その上裸だし、筋肉もろくについてないこの情けない裸体をカメラに収めようとする幽霊は何故かそわそわしているしで…。
まぁ、撮られたくないと思ったのだ。
これは普通の感覚だと思う。
美形だからって何でも許されるわけじゃないんだからな、全く。
「ユーくん」
「………」
「俺、風呂入るから」
「………」
「一緒にはダメ。ほら、早く出てって」
「………」
明らかに不満げに眉を顰めた変態幽霊を、俺は半ば無理矢理廊下へと押し出した。
と言っても抵抗はほとんどされず、俺が背中を押す前にユーくんは自分から扉の向こうへと歩を進める。便利なことにすり抜けられるみたいだから、扉の開閉は必要なかったけれど…。
彼が出ていくほんの一瞬、鏡に映ったユーくんの姿が僅かに透けて見えたのは、俺の見間違いだろうか。
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