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「ど、ドラゴン……!?」
水晶のように透き通ったドラゴン、その場に村人たちは、その巨躯に恐れ慄いた。あの火柱を作り上げたのは、あのドラゴンなのだと、無意識に思ってしまった。
「ああ、これはまずい。グリューン平原じゃ見かけない凶悪なモンスターだ。ウツボーンの臭気にあてられたかな?」
目の前のドラゴンに、シャーロットは冷静に分析する。だが冷静を装ってはいても、口元は心の底からまずいと言わんばかりに歪めていた。
村人たちは戦々恐々としながらもドラゴンに対抗しようと、各々武器を構えていると、シャーロットが警告する。
「無理に抵抗するのは推奨しないよ。腕のある戦闘課職員ですら手こずるような相手だ。君たちなんか恰好の獲物だろうさ」
「っ……!」
カンパニーの職員であるシャーロットの言葉が効いたのか、村人たちは思わず足を止める。
彼らも見たことのないようなモンスターだ。勇んで武器を握ってはいても、対処の仕方がわからない相手には、流石に手の出しようがないのだろう。
ドラゴンといえば鱗の薄い箇所を集中攻撃だが、身体はドラゴンとは異なる構造をしている為、普通の武器で対処出来るのかも怪しい。
今は村人たちに襲い掛かる様子はなく、咆哮を鳴り響かせながら、周囲の家屋を破壊しているが、もしも敵意がこちらに向いてしまったら、間違いなく死人が出るだろう。
「さて……実のところ、一つだけあのドラゴンを対処出来る方法があるのだけど、聞いてくれるかい?」
「!あるのか!?」
「まぁ、ないことはないさ。とりあえずドラゴンを刺激しないように、こちらに集まってほしい。出来るだけ音は立てないようにね」
シャーロットの呼びかけによって、散開していた村人たちが駆け足でボスの男の下に集まる。
バレるかと思っていたが、当のドラゴンは咆哮を響かせながら家屋を破壊し続けていた。
「これで全員?」
「そうだ。さっさとその方法とやらを教えろ。返答次第じゃ、まずお前をドラゴンの餌にしてやるがな」
この場に乗じて逃げ出すのでは、とボスの男は疑いの目を向けている。そんな眼力にも、シャーロットは全く動じない。
「まずは……わたしが囮になるよ。あのドラゴンを引き付ける釣り餌さ。その際、わたしに食らいつこうと口を開くはずだ。その瞬間口に目掛けて攻撃を繰り出してもらいたい……出来るかい?」
「……弓矢の扱いに長けた奴らが居る。彼らに任せよう」
ボスの男の後ろにいる村人数人が、弓と矢筒を携えてシャーロットを見つめている。『お前のアドバイスを信用する』と、まるで藁にでも縋るような思いで向けられている眼差しに、シャーロットは小さく頷いた。
「ふむ、上出来だ。じゃあみんなはここで待機。弓矢持ってる人は、閃光弾を使ったら準備してね」
「……閃光弾?」
村人の訝しむような言葉を無視するように、シャーロットは暴れているドラゴンの下へと歩み寄っていく。
ドラゴンはまだシャーロットの存在に気が付いていない。未だ家屋の破壊を続けていた。
シャーロットはドラゴンにある程度近づいてから、ウエストバッグから一つの球体を取り出す。
見た目は、まるで草を餅状に見立てて丸めたような形状で、色合いは麻痺中和薬のような緑色に近い。
「さあ、こっちへこい」
祈りを込めるように呟いてから、シャーロットは球体を足下に向けて投げつける。
球体は地面に接触した瞬間、
村一帯を照らすような眩い閃光を放った。
「っ!?」
ボスの男を含めた村人達は、突然の光に目を眩ませていた。先ほど言った閃光弾とは、このことだったらしい。
そしてそんな強い光を放てば、
『grrrrrr…』
ドラゴンも当然気付くだろう。
その動作に村人たちは慄くが、ボスの男は全く動じずに指示を飛ばした。
「焦るな、弓矢を構えろ」
「は、はい」
狙うべきは、火球を放つ際に開くドラゴンの口。生憎火薬は持ち出していない為、小細工無しの矢を放つしかなかった。
シャーロットはそのあたり聞いてこなかったが、ドラゴン相手にただの矢でも通用するのだろうか?
しかしそんな事を気にしている暇はない。ドラゴンは敵意を示すかのように牙を剥き出しにしながら、うなり声をあげている。
弓矢を構える村人たちは、震える手を必死に抑えながら、射出の合図を待つ。ここで外せば、次は自分たちが食い殺されるという強迫観念が、彼らの脳内に染みついていた。
『gyaooooooooo!!!』
ドラゴンは目の前に居たシャーロットをじっと視認すると、その牙で噛みつかんと口を大きく開いた。
「今だ!放てぇ!」
合図と共に、村人は一斉に矢を放つ。ドラゴンの迫力に気圧されながらも、放たれた矢はドラゴンの口元に目掛けて飛んで行った。
一発で倒せなくていい、せめて怯みさえすれば希望がある。村人はその一心で、飛んでいく矢を見届けていた。
しかし矢は、村人たちの予想に反して、ドラゴンの口内に刺さることなく、
ドラゴンの牙や鱗に弾かれる。
こともなく、
何故か水中に沈むように、ゆっくりとドラゴンの身体に呑まれていくのだった。
「……!?」
何が起きたんだと、村人たちのみならず、ボスの男も驚きを隠せない。
「(や、奴は身体はどうであれドラゴンだったはず、何故矢が呑まれる?ドラゴンに擬態するスライム?であればあれほどの大型種は存在しないはずだ。それこそ、魔晶華のようなものが無ければ……)」
ボスの男の脳内で、動揺と困惑が混ざり合っている時、ドラゴンの動きに変化があった。
シャーロットに食らいつこうとしていた口が、何故かこちらに向いていたのだ。
「に、逃げ」
村人の一人が声を上げる前に、ドラゴンの行動が一歩速かった。開いた口から何かを放ち、ボスの男や村人たちの居る場所に向かった飛来していく。
初動が遅れた彼らは逃げる暇もなく、その攻撃をそのまま受けるのだった。
「っ……水……!?」
だが浴びせられたのは、火球ではなく水球。即死するような攻撃でなかったのは、心の底から安堵したが、しかし一つ疑問が浮かび上がった。
口から水を吐くドラゴンとするなら、ハーフェン周辺の海域や、一部の水棲地帯に出現するドラゴンがそうだろうが、しかし基本水源から離れているはずのグリューン平原に出現するのはおかしい。
「なら何故……っ?」
突然、視界がぼやけた。何かの見間違いかと思ったが、そうでない事はすぐに分かった。全身から力が抜け始め、意識も朧げに霞んでいく。
自分だけではない、あの水球を浴びた村人たちも、同じように立ち眩みを引き起こし、中には昏倒した者も居た。
まさか、あの水は。
「ぐ、ぅぅ……!」
倒れまいと、ボスの男は歯を噛みしめながら踏み堪えた。だが支えていた両足がおぼつかず、そのまま膝をつき、手で身体を支えるのがやっとだった。
目の前にはドラゴンが居る。それでも抗う事が出来ない。迫りくる倦怠感と睡魔が、ボスの男の自我を徐々に奪っていく。
「……!」
混濁する意識の中、彼は目撃した。
率先して囮になったはずのシャーロット・ドリトルが、
いつの間にかこちらに振り向いて、してやったりな小憎たらしい笑みを浮かべている事に。
「…………」
嵌められた。
ボスの男は思わず浮かんだ言葉を噛みしめながら、辛うじて保っていた意識を、完全に断たれるのだった。
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