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王都を発ってから数時間後、ソニック達が揺られている馬車は、地底都市マオルブルフへ通じる洞窟の中を進んでいた。
中はテカリグサと呼ばれるマオルブルフ固有の植物が明かりとして機能しており、ランプを無しでも支障のない明るさを保っていた。
馬車の中にいる三人は、依頼書を広げてから今回のクエストの内容を改めて確認する。
「今回は薬草と防具に必要な素材である植物を採ってくるとの事ですが……それらが取れる場所はリーラ地底湖になるでしょう」
「リーラ地底湖か、あそこはグリューン平原やラオブ林道とはまた違う生態の魔物が居るんだよな」
「水棲系のアンキノコウや、獣系のスプラットとかね。環境上、毒を使うタイプが多いわ。一応あたしの魔法でも毒は取り除けるけど、あまり期待しない方が良いわよ」
リヴィアの使う水魔法にその手の魔法はあるが、彼女は基本的に中距離攻撃型である為、後方支援にはやや不向きであった。
「その辺りは抜かりなく準備してます。既製品ではありますが、解毒薬は準備してますので、万が一毒を受けても対応出来ますよ。まぁシャーロットさんなら、その辺の薬草ですぐに調合出来るんでしょうけど……」
ナイジェルはシャーロットと同じ魔法学者ではあるが、魔法薬学は門外漢である為、精々取り纏めていた魔法薬を使うくらいしか知識にない。シャーロットの代理で来ている彼からすれば、このクエストは自分には少々不向きだと感じていた。
「ナイジェルとシャロとじゃ、専門分野が違うから仕方ない。それにあの状態じゃ、無理やり連れて行ったところで役に立たないだろうさ」
「この手のクエストなら普通にシャーロットが適任なんだけど、アレじゃただのお荷物だわ」
「ははは……あの人、気分次第で職務のスタンスが変わりますからね……」
採取課でもとびきり優秀ではあるが、その気分に波がある為どうも評価が安定しないのが、シャーロットらしさと言える。そのせいで振り回されたりしているが。
閑話休題。
「見張り役はソニックに任せた方が良いわね。大型のモンスターも出ない事はないんだし」
「まぁそうだな……とはいえ俺が見張れるのは限りがあるから、各自最低限の自衛しておいてくれ」
「そうですね。そのやり方が妥当でしょう」
何がともあれ方針は定まった。ソニックが見張りを務め、他の二人が目的の依頼品を探す。
打ち合わせを行なっている三人を乗せた馬車は、手狭な洞窟を抜け、地底都市マオルブルフへと辿り着いた。
マオルブルフは地底に存在する都市であり、本来であれば陽の光すら差し込む事はない。しかし岩壁の各所には、かつての魔導士が手掛けた魔法で構成された光が放っている為、洞窟とは思えない程明るく照らされていた。
馬車は街中の厩舎に預けて、三人は街の北側にあるリーラ地底湖へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
リーラ地底湖は地底都市マオルブルフの北側に位置しており、地底にあるマオルブルフでは貴重な水源であると同時に、奥へ進むほど毒性が強い湖と化す危険地帯でもあった。
三人が辿り着いた場所は、マオルブルフから少し離れたリーラ地底湖の畔。湖の毒性は薄いが、生息するモンスターがちらほら居る環境である。
そんな三人は、採取を行う前から疲弊した様子だった。
「……多少覚悟はしていたが、やはり面倒だったな」
「まさかエメドラドが出てくるなんてね」
疲弊させた原因を思い返して、リヴィアは小さくため息をつく。
エメドラドは、リーラ地底湖でも奥側に生息するモンスターで、エメラルドの如き緑色の鉱石のような鱗を持つ魚である。性格は獰猛であり、外敵を見つければ地上でも構わず鋭利な毒牙と太い尻尾を使って攻撃してくるのが特徴だ。
移動の途中、そのエメドラドが群れをなして湖面から突如として飛んできたのだ。
今回は討伐ではない為、突撃してきたエメドラドを無理やり回避して逃げの一手に徹することで事なきを得たが、余計にスタミナを使ってしまう羽目になってしまっていた。
「しかし、本来エメドラドはこの辺りでは現れる事は無いはずなのですが……」
「たまたま迷い込んだ感じじゃないかしら?メテオホエールみたいにたまに沖合からハーフェンや王国近海に来ることだってあるし」
なお、最近そのメテオホエールが、王国近海に現れたという情報が飛び込むのだが、それはまた別の話。
しかしナイジェルは、”エメドラドがたまたま迷い込んだ”という可能性に対して、少しだけ懐疑的になっていた。
それは総務課の、否、元採取課の職員だった頃の勘が働いている証拠だった。
「……一応、警戒する必要があります。お二人とも、気を付けてください」
ナイジェルは二人に警戒を促す。現場での不測の事態は何度も味わった経験があるからこそ、この言葉には重みを持たせていた。
二人もナイジェルの並々ならぬ様子に、静かに応答するように頷いてみせる。
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