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王都ツェントゥルムより東方に広がる草原地帯。グリューン平原。
そこに、一台の馬車がのんびりと揺られながら走っていた。中には三人の乗客。
一人は、紺色のブレザーとズボン、緑色のバーバリーチェックのネクタイを身に着け、目の下に隈のような赤いフェイスペイントを入れ、青みがかった黒の長髪を一本に纏めた髪型が特徴の男性。
もう一人は、男性と同じ紺色のブレザーと、膝丈程のプリーツスカートを身に纏い、緑色のリボンタイとベレー帽を身に着け、毛先が翡翠色がかった緑色のセミロングの女性。
最後の一人は、他の二人とは異なり白のカッターシャツと、黒のプリーツスカートをサスペンダーで両肩に引っ掛けるように着用。左目には理知的な印象を思わせる片眼鏡をかけ、腰にはウェストバッグを巻き、右腕には腕章を巻いたオレンジ色のポニーテールの女性。
同じようでバラバラの服装をしていた三人だが、いくつかの共通点がある。
それは、彼らは自治組織『カンパニー』の職員で、現在クエストを行う為の移動中だった事だ。
「……シュヴァルツ鉱山まで行かないとはいえ、流石に時間がかかるな」
窓の外を見遣りながら呟いたのは、フェイスペイントの男性『ソニック・ブルーナス』。戦闘課に所属している職員で、傍らには得物である長剣が立てかけられている。
「そうだねぇ。それでも目的の場所には、馬車で一日もかからないだろうから、まだマシだね」
その呟きに軽い声で返事したのは、片眼鏡の女性『シャーロット・ドリトル』。彼女はソニックと、もう一人の同行者とは違い、採取課に所属している職員だ。
「移動手段が馬車じゃね……あんたの風魔法で、目的地までひとっ飛びとか出来ないかしら?風を使って空を飛ぶ魔法とかあるくらいだし」
最後に喋ったのは、セミロングの女性『リヴィア・アンカレッジ』。彼女もソニックと同じ戦闘課に所属する職員で、魔導士である。
「生憎だが、俺にそんな曲芸は出来ん。精々吹き飛ばす程度にしか使えない」
「そう……戦闘にしか使えないなんて、なんだか勿体ないわね」
「私からすれば、魔法でそんな事出来るのがおかしいと思うけどなぁ」
なんて会話を交わしながらも、三人を乗せた馬車は静かに目的地へと向かっていく。
************
時は遡り、三人がこのクエストを受ける経緯を語らねばならない。
事の始まりは、休み明けだったリヴィアに仕事が来た。というところからだ。
「発注?」
カンパニー本部一階のロビーにあるデスクに座っているリヴィアは、応対している相手の言った事を復唱した。
彼女と応対しているのは、カンパニー採取課職員の『グイード・ジルバ』という黒縁の丸眼鏡をかけた男性である。
「あぁ、『烙火生』と呼ばれる植物を発注してくれと、今朝依頼があったんだ」
『烙火生』、人通りが少ない火山の山間にひっそりと生えている赤い落花生で、花には起爆性を有している植物とされ、普通の人が取り扱うだけでも、法に触れる恐れがある程の代物だ。
しかし実そのものであれば、単純につまみや焙煎の素材として使われている為、この植物の発注を依頼してくるのは、さほど珍しい事ではなかった。
「その烙火生を採取する為に、シュヴァルツ鉱山まで行け、って事?」
「本来なら、そこまで行く必要があるけど……今回はその必要はないだろうね」
と言って、グイードは棚から一枚の紙を取り出し、リヴィアに見せた。
どうやら烙火生の発注とは別の依頼書のようで、内容は『村の周辺で烙火生が自生しており、駆除してほしい』と書かれていた。
「……自生?」
烙火生は本来、火山の山間に自生するはずだ。まさかその村は、シュヴァルツ鉱山に近い場所なのか。と思っていたが、グイードは察してくれたように説明を付け加えた。
「君が思っている事は察しが付くよ……だけどその烙火生が自生しているのは、鉱山から離れた森林地帯にある場所だよ。信じられない事にね」
しかもそこは、死火山で形勢された場所でも、ましてや降り積もった火山灰や固まった火砕流で形勢された地域でもない、ただの森林地帯なのである。そこにリヴィアが疑問を呈するのも、無理はないのだ。
「多分だけど、烙火生の種を食べた渡り鳥の糞が、その森に排泄されて、中に入っていた種がしおれる事無く、群生し始めたんだろう。石で舗装された道路からも、突き破って生える生命力を持っているからね」
「……十分あり得るわね」
この依頼が来るまで被害が一切無かったのは、まだ烙火生の花が咲く時期では無かったからだろう。しかし放っておけば二次災害が起きかねない。
「それで今回のクエストは、その自生した烙火生を全部駆除、実を採取して、それを発注した依頼人に渡す。という事ね」
「その通り。とはいえ本来自生しない場所で生えてるものだから、一通り調べた後になるだろうけど……結果次第では、採取し直すかもしれないね」
依頼書に指し示した村は、ツェントゥルムからそこまで遠く離れた場所ではなく、余裕で日帰り往復が出来る距離だったが、シュヴァルツ鉱山だと数日間もかけて行くほど遠い。内心リヴィアは、それほどの長旅は遠慮したかった。
「それで、人員はどれぐらい必要かしら?クエストの主体は採取だから、採取課は出るんでしょうけど……今空いてる職員ってどれぐらい居るの?」
「そうだね……ロゼットちゃんとメリシアちゃんは、それぞれ別件のクエストに向かってて不在……採取課経験のあるフェンちゃんは、総務課の仕事で手一杯……僕も総務課の手伝いに忙しいし、他はほとんど非番だから居ないね。精々居るとするなら……」
と、言いかけてから、グイードは静かにリヴィアの後方に目線を向ける。
その様子を見たリヴィアも、釣られるように後方に振り向いた。
「げ」
そして、そちらに居た人物に対し、嫌そうな声を上げて、露骨に嫌そうに顔をしかめた。
「ふっふっふ……話は聞かせてもらったよ。ジルバさん」
そこに居たのは、片眼鏡をかけたオレンジ色のポニーテールの女性、シャーロットだった。食事中だったのか、サンドイッチを片手に頬張っている。
「本来自生しないはずの場所に、烙火生が自生してるんだってね。随分と面白そうじゃないか。まさにこのシャーロットさんの調査活動が必要不可欠となるクエストだね」
シャーロットは魔法学者であり、カンパニーでは専門的な知識が必要となる採取課に所属している。性格こそ自信家なところなのが玉に瑕だが、これでも新種の植物やモンスターを調査して、基本的な特徴や対処法をわかりやすく纏めた人物でもあった。採取に加えて、調査と解析においては最適な人材だろう。
「……釘を刺すようだけど、本来の目的は烙火生の採取と駆除だからね。調査はその後にするんだよ?」
「分かっているとも、仕事はちゃんとするさ。特にカイトくんにはどやされたくはないからね」
元戦闘課で、現在は総務課に移った職員の事を思い出して、シャーロットは苦笑いを浮かべる。彼は丁度総務課のオフィスに居るため、シャーロットの声が聞こえる事はなかった。
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