紡ぎ、築き上げる者たち

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********************** 「何をしていたのだ貴様らぁ!」 村の中にある一軒の家屋が、男の発する怒号で揺れる。 怒号を発したのは、村人たちからボスと呼ばれている男だった。しかしその男は、ひどく取り乱したような、怒り狂ったような様子である。 「すいませんボス……まさかこっちの動きを予期していたとは知らず……」 「相手はあのヴェルギオスが筆頭のカンパニーだぞ!失敗しましたで済むと思っているのかぁ!」 ボスの男は、頭を掻きむしる勢いで狼狽えていた。それはカンパニーの社長であるリヨルドの恐ろしさを、十分に知っていたような反応である。 「しかしボス……奴らはプラントテキーラを、あれほどたらふく飲んでたんですぜ?酔い潰れる上に睡眠薬だって充分効きやす。そんな奴がまさか待ち構えるだなんて、夢にも思わねぇですって」 「ぐっ……」 その事実は、ボスも十分把握していた。あの中で一番宴に乗り気だったのが、大剣を背負った隈取の男、ソニックだったのだ。睡眠薬入りのビアマグに注がれたプラントテキーラをガブガブ飲んでいた挙句、途中酔いが回ったように踊り出した始末だ。 あれでいて、『実は素面(しらふ)だった』なんて考えるわけがない。 「ボス。恐らく奴らは、既にこの村から逃げ出してるはずですぜ。王国騎士が来る前に、すぐにでもここを引き払った方がいいですよ」 「……ふざけるな、この村を築きあげ、1年もかけて人身売買の軌道がようやく乗ったんだぞ?今更ここを引き払うなぞ、出来るものか!」 人身売買は斡旋先の奴隷商とのコネクションが絶対条件のようなもの。ここで引き払って逃げ出すなら、新天地でまた一から信頼を築く羽目になるだろう。あるいはカンパニーに目を付けられて、行動を制限されるかもしれない。 だが人身商売で得た利益は、野盗として旅人や商人から金品を巻き上げるより潤沢だ。ボスからすればみすみす手放すなんて事はしたくない。 自身たちの身の安全か、金儲けか、二つの選択を天秤にかけられ、即断が出来ない。 そんな中、一人の村人が乱入してくる。その表情は酷く憔悴していた。 「ぼ、ボス!カンパニーの連中の一人を見つけやした!」 「おお、そうか!ならそいつを引っ捕らえてこっちに連れてこい!」 連れてきた後はどうしてくれようかと、隠しようのないどす黒い感情をその身に宿しながら、ボスは興奮気味に命令を下した。 しかし村人は、少し歯切れが悪そうに二の句を継いだ。 「い、いえ、それが……そいつ、ボスに話があると」 「……なんだと?」 それはボスや駆け込んだ村人ですら、理解しえない事だった。 ****************** 発見した村人の話によると、彼女は村のとある建物の前に居たという話だ。 そこはボスも、というか村人全員がよく知る場所だった。 「……わざわざご足労いただき感謝しますよ。さん」 建物の前に立つ片眼鏡(モノクル)をかけた女性、シャーロットが、ボスの男を肩書きで呼ぶ。 「これはこれは……シャーロット殿、このような夜分遅くに、どうかなされたのですかな?」 ボスもとい、村長は内心に秘めた焦燥を取り繕うように、鍍金(めっき)のように塗り固めた愛想笑いで接する。 捕縛しようとした事なぞ、ついぞ知らないと思わせる立ち振る舞いだ。 「えぇ……実はですね、この烙火生が何故自生していたのかを、お伝えしようかと思って、こちらにお呼びしました」 「ほぅ、左様でございますか」 実を言えば、村長を含めて村人も、何故村の外れに烙火生が自生し出したのかわからなかった。だからこそ、このクエストは誘い出す為の罠ではなく、駆除を専門家に任せる為であったのだ。 「まず、烙火生はこの地域では自生しない植物です。そもそも発芽すらしません。土壌そのものが、烙火生に不釣り合いだからです。 元々烙火生は山岳の谷間のような、比較的他の植物が育ちにくい場所に自生します。その為、烙火生の繁殖力は並大抵以上のもの、厳しい環境下でも繁殖出来ます。 しかしここら一帯は、この私が普通に活動出来るほど穏やかな環境、烙火生からすれば全くストレスのない環境です。ですからストレスを受けない烙火生は、発芽しません」 「はぁ……」 村長や村人たちは、やや早口で語るシャーロットに面食らった。まるで教鞭を握る教師のような口振りだ。 「ではなぜ、烙火生は繁殖が出来たのか……ここから先は、私の想像ですが、大方その通りと言えるでしょう。 その原因は、これですよ」 そう言って、建物のドアを開く。 流れるような動きだった為に、村長や村人たちは、呆気に取られて彼女を止める事ができなかった。 開いたドアの向こうにあるもの、それはまるで、植物で出来た緑色の大きい袋を下から上へと伸びるツル一本で支えている様相で、シャーロットの体格より一回り大きな植物がいくつも自生していた。袋の口からは、いくつもの細いツルが床につくほどに伸びており、中には袋の口が、細いツルを伸ばさずに大きな葉で塞がれているものもある。 「ほ、ほぅ……ウツボーンが、ですか……しかしそれらは、プラントテキーラを醸造する為に栽培しているもので……」 見られてまずいものなのか、村長の口調はしどろもどろにになっている。その理由はシャーロットも十分理解していた。 「えぇ、ウツボーンです。無論栽培するだけでは、烙火生が繁殖する理由にはなりません。ただ栽培するだけなら」 そう言って、床に向けて垂れているツルを避けながら、大きめなウツボーンの近くまで歩み寄り、いつの間にか手にしていた刃物で、ウツボーンの袋を切り裂いた。 そして裂け目からは、堰を切るように入っていた液体と、それに混ざったものが流れ出る。 周囲にアルコール臭が立ち込み、村人たちも顔をしかめる。 「!?」 「あ~……やっぱりありましたね」 漂うアルコール臭に酔いそうになりながら、シャーロットは液体とともに流れ出たものを見て、満足気に頷く。ワンテンポ遅れてを視認した村人たちは、青ざめた表情に移り変わった。 それは溶けかかった着衣物と、それを身に纏う白骨死体だ。
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